
活動報告 平成22(2010)年

- |2月7日
午前中、松本市内の宗教団体の定例の感謝祭に顔を出し皆さまにご挨拶。昼前に市内のお茶の先生宅で四方山話。350年の古さを誇る屋敷は母屋が江戸時代のまま。昼に松本駅前で街頭演説。午後、市内のホテルにて舛添要一参議院議員の講演会を拝聴。目算で800名の聴衆を前に、地元長野県の人を立てながら今後の日本の社会保障制度の在り方を示唆する内容。「日本人がみな長野県民並みの医療費水準になれば日本の医療費は33兆円が25兆円くらいに削減できる。長野県は予防医療が充実しているのに加え、長野県民特に女性は年配になっても働いている。それが医療費抑制の秘訣。元気なうちは仕事をする習慣が求められる。そのためには年をとって働き収入があると年金が減額される仕組みを改めないといけない。勤労していても年金を減額しない仕組みが勤労意欲を促進し、それが結果として医療費の抑制にも結びつく。」夕方、松本市内を地区訪問。夜、松本市内のトンカツ屋さんで事務所スタッフと夕食。
- |2月6日
早朝、茨城県大洗町から松本市に戻る。5時間以上の列車の中で普段読めない雑誌や論文をじっくり読む。松本市に戻り市民団体の会合に顔を出し、その後市内の地区訪問。夕方松本駅前にて街頭演説の後、池田町の建設業組合の新年会に顔を出す。池田町以北は大雪の模様。
- |2月5日
早朝、村井駅前、南松本駅前、松本駅前にて街頭演説。その後東京経由で水戸・大洗に赴く。昼に新宿で知人と打ち合わせ。平田俊道という研究者のスーパー・ラディカル・リアクターに関する論文を頂戴する。有機化合物を分解する技術を解説したもの。水戸への道中、常磐線から見る景色は懐かしい。大洗の宿泊施設にて茨城県関係者と旧交を温める。茨城も昨年の衆議院選挙の結果、政治風景が様変わり。
- |2月4日
雪化粧の零下5度の早朝、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。午前中松本市内の地区訪問。お年寄りから、「寒い中大変ね。民主党も期待外れであなたに頑張ってもらわなければ」との異口同音の言葉を賜る。午後、松本市内の事業所を訪問。その間、東京からの客人と懇談。夕方、引き続き松本市内の地区訪問の後、再度松本駅前にて街頭演説。夜、松本城前の公民館で、「お城周辺まちづくり推進協議会設立総会」を傍聴。衰退しつつある中心市街地の振興策について、歴史的観点を踏まえ研究の由。その内容をフォローしていく所存。その後、松本市内の小料理屋で、商店街の方と懇談。
- |2月3日
一日市場駅前、松本駅前にて街頭演説。午前中松本市内の地区訪問。午後、朝日村古川寺の遠縁の方の葬儀に参列。古川寺は武田信玄の側室である朝日村出身のコイ姫の菩提寺。コイ姫に繋がる方々が集まる。その後大町市の若一王子神社の節分会に出席。雪が舞う中豆撒き。松本市に飛び恵光院の節分会に参加。麻績村在住のコンティ嬢が米国人の友人と節分の模様を取材。その後、韓国料理屋でコンティ嬢に彼女の取材に係る文化的背景説明の会。
- |2月2日
早朝、松本に戻る。中央線沿線は雪化粧。松本に戻り、昼時松本市内の地区訪問。お寄りしたある町会長から、「先導しましょうか」との有難いお言葉。夕方、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。道行く人から声がかかる。万歳によるエールを向けてくれる人も。市内のホテルにて男女の出会いの仲介の後、松本市内で知人との懇談会に顔を出す。
- |2月1日
早朝、「あずさ」で上京。都内の知人・先輩を訪問。銀行役員OBから、政府の経済政策に対する経済界の懸念を軽く考えていると資本の論理に基づく企業は本当に海外移転してしまう、との指摘。自民党もそのことを十分に意識して経済政策の立案をすべきだとのご意見。霞が関OBからは、自民党が門戸を閉ざしたために霞が関の官僚出身者が大挙して民主党代議士になっている現状を真剣に反省すべきであるとのご指摘。夕方、平河町で農業法務の勉強会。東西しらかわ農業協同組合代表理事組合長の鈴木昭雄氏から畜産経営農家の破たん事例について話を伺う。個別畜産農家の事情もあるものの、国の政策如何により畜産経営が大きな影響を受けるとの指摘が切実。わが国には農業経営に関する法律体系が整っていないとの法律家の指摘も。
- |1月31日
日曜日の午前中、松本市内の地区訪問。アパートが多い地区ながら休日につき在宅者多し。昼過ぎ、安曇野市内で行われた知人の御親族の葬儀に参列。最近葬儀出席の機会多し。吉田自民党長野県連会長の東筑摩郡遊説に合流。坂北駅前にて吉田議員とともに聴衆無き街頭演説。その後、松本市内浅間温泉にて民団新年会に参加。民団幹部から、地方参政権について、「この問題が政局の要因になってしまっていることは残念である」との挨拶。その後、羽田参議院議員からは、「連立政権内でも意見の食い違いがある現状。民主党の参議院選挙勝利で(民主党が地方参政権についての)民団との約束を果していく」との挨拶。私は、地方参政権問題を選挙と絡める言い方をするからこの問題が政局になってしまうのに、と感じる。その後、2区の民主党現職議員が「税金を払っている人は誰でも政治参画の資格が与えられるべきじゃあないですか」といささか乱暴な挨拶。ということは、地方税を払っている人には地方参政権を、国税を払っている人は国政参政権も認めるべきであるという理屈になってしまうけれどもそういうことまで考えての発言なのか思わず首をかしげる。その後、長野県民芸協会の役員会に顔を出す。その後、長野市に合併した旧信州新町の市議補選の祝勝会に向かう。西澤としかず氏の当選。私からは、「信州新町が長野市に合併しても引き続き衆議院の選挙区は松本市、安曇野市と同じ2区のままです」と念押しの挨拶。なお、今日から私のホームページでツイッターの欄を作る。「mutaishunsuke」がアカウント番号。皆さんの「フォロー」を期待。
- |1月30日
早朝、東京から松本に戻る。松本市内の地区訪問の後、市民芸術館で開催された木材利用のシンポジウムに顔を出す。旧知の藤原川上村長がパネリストで参加。松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。四柱神社で行われた日本会議の新年会に参加。外国人参政権の問題が話題に。夕方、社会保険労務士中信支部の新年会、クリーニング関係者の新年会で挨拶。その後、知人の経営する韓国料理屋で夕食。
- |1月28日
早朝、安曇野市三郷所在の精密機械工業の社長宅を訪問。その後、自宅のインターネットが繋がらない予定外のトラブルに対応。NTTとプロバイダーに電話で指示を仰ぎ何とか修復。昼過ぎ、事務所にてマスコミからの欧州と日本の地方分権の差異に関する問合わせに答える。安曇野市内の知人の親族の葬儀に参列の後、松本市内の地区訪問。夕方、安曇野市豊科本村公民館にて今年初めての地区の約10名の皆さまとのミニ集会に臨む。民主党政権の政策が都市型であること、松本空港振興と横田空域の関連、今、商店街は「消店外」になっている現状、中心市街地の歴史的地名復活運動の必要性、自民党の復活の可否などに関して自由討論。
- |1月27日
朝、豊科で散髪。松本市内で古民家の介護施設転用について関係者とブレーンストーミング。午後松本市内の地区訪問。夕方安曇野市内で知人の親族の葬儀に参列。大町市内の木材協同組合の総会で挨拶の後、松本市内の鉄構協同組合の新年会に顔を出す。更に、支援者の新年会、「中信地区の農業を考える会」の新年会に顔を出す。午後8時に松本駅前で麻績村在住のアメリカ人ホイットニー・コンティさんと待ち合わせ。白板の事務所で外国人居住者、旅行者に対する情報提供にあり方について議論。コンティさんは日本で小中学生に英語を教えるALT。外国人向けのYoMoYaMa-Magazineを創刊し意欲的に取り組んでいる。長野県のローカルな具体的情報を外国人は渇望しているとの話。インバウンドを促進するために強力な助っ人。
- |1月26日
早朝、松本駅前にて40分間の長い街頭演説。午前中、安曇野市内の団地訪問。午後、知人の御親族の葬儀2カ所に参列の後、松本市内の地区訪問。夕方、松本市内千歳橋の袂にて街頭演説。女鳥羽川沿いのレストランで、松本市内の経済会の皆さまと定例の勉強会。その後、裏千家の茶会勉強会に参加。
- |1月25日
早朝、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。市内の整体院で久しぶりの治療。白板事務所に若林参議院議員が退任のご挨拶にお越しになる。「力を余して退任」との印象。午後、寒波の中、安曇野市内をじっくり地区訪問。夕方、アルプス観光協会の新年会に参加。協会関係者が異口同音に政権交代により松本と上高地を繋ぐ158号線の拡幅計画が凍結される懸念を表明。「何としても工事実施を」との切実な声。地元の政治力の試金石。その後、松本市内にてお世話になっている方々との新年会に参加。村井知事ともツーショット。
- |1月24日
早朝、安曇野市の地区訪問。午前中、護国神社にて開催された裏千家の初釜に初参加。久しぶりの華やいだ上品な雰囲気に気持ちが和らぐ。茶の基本的作法を身につける必要性を痛感。昼に松本市岡田の市議自宅にて手打ち蕎麦を御馳走になる。その家の額に掲げられた「福寿無涯」の書について暫し議論。午後、安曇野市の市議宅で地域の課題を承る。同市内の地区訪問後、安曇野商工会三郷支部の新年会に顔を出す。夕方長野市中条地区の市議補選に立候補した小泉候補の無投票当選祝勝会に顔を出す。中山間地の声を長野市政に届ける小泉氏に対する地元の期待は強い。私からは、「旧中条村が長野市に合併してもなお中条地区は第2選挙区のままです」と挨拶。その後松本市に戻り、今町町会の新年会で挨拶。
- |1月23日
午前中、安曇野市豊科の各種団体等連絡協議会主催の「男性のための料理教室」に参加。「焼きあじの姿寿司」、「抹茶ミルクかん」、「ふろふき大根」などを作る。女性陣の指導のもとに30名の中高年男性がエプロン姿で奮闘。自分自身の生活の自立に向けた第一歩。昼過ぎ、消防職員の中学同期の友人の訃報に接し悲しみの弔問。3人の子供が健気に母親を支えている様子に少し慰められる。午後、安曇野市穂高の高橋節郎記念美術館にて、新しい公益法人法についての勉強会。内閣府公益認定等委員会事務局の担当官北澤剛氏を招聘し2時間半に亘る勉強会。50人もの方にお集まりいただき熱心な質疑。中信平の多くの公益法人に関係する皆さまの大きな関心を再認識。夕方、松南地区新年会、六九地区新年会で挨拶。その後、知人と松本市内で懇親。
- |1月22日
早朝から上京。総務省消防庁にて、松本市の事業所が製作している超小型一人乗りヘリを活用した災害支援の在り方について、事業所の責任者同席のもとで議論。その前後、都内の事業所を訪問。高校先輩の某企業の会長からは、「業界の要望が与党支部を通じないと政府に上がらず閉塞感がある。弊社は中国でも事業をしているが、中国共産党を通じないと政府に要請が上がらないのと同じで、国内でも中国で事業をしているような錯覚を覚える」との産業会の懸念を伺う。夕方、米国FEMAの元職員レオ・ボスナー氏を囲んで、防衛庁航空幕僚監部、総務省消防庁の関係者と都内で懇談。ボスナー氏は以前、「高めよ!防災力」という本を私と共著で著した米国危機管理実務の専門家。阪神大震災15周年で来日の機会に久しぶりの旧交を温める。「あづさ」の最終で安曇野に戻る。強行軍の一日。
- |1月21日
早朝、一日市場駅前、松本駅前にて街頭演説。午前中、安曇野市内の地区訪問の後、松本市幹線道路課に出向き国道19号線の整備の現状のレクを受ける。昼前から午後にかけ長野市旧信州新町、旧中条村の市議補選候補者の激励に出向く。夕方、再度安曇野市内の地区訪問の後、松本市遺族会の新年会に参加。話題はもっぱら政権交代後の政治的混乱への懸念。
- |1月20日
午前、東京から松本に戻る。知人宅の弔問に伺った後、安曇野市穂高の高校同窓会役員会にて挨拶。午後、安曇野市内の地区訪問。夕方、松本市伊勢町町会の新年会、安曇野市細萱区の新年会で挨拶。その後、安曇野市内にて安曇野工業会、安曇野市議会関係者らと懇談。その際、安曇野工業会関係者に、「安曇野市に転勤して来るソニーVAIO事業本部関係者が住民票を安曇野市に移転するように業界の申し合わせ」を依頼。
- |1月19日
早朝、安曇野市豊科の早起き会に参加。大町市、松川村からの参加者も。午前中上京。都内の支援事業所などを訪問後、夕刻、自民党本部にて「舛添政治カレッジ」に初参加。新人を中心に前回の衆議院選挙で落選した者26名の情報交換会。舛添参議院議員の「政策と政治ツール」に関する報告の後、シンクタンクの専門家から「政治活動におけるIT活用」のレク。今後政策議論を重ねつつ参加者の選挙区に出向いてのカレッジの実施も確認。
- |1月18日
早朝、豊科駅前、田沢駅前、松本駅前にて街頭演説。松本市内の木材専門工務店を訪問。社長から、日本の伝統的木材建築が近代の建築規制の中で見捨てられたものの、最近それが見直されつつあることを伺う。核家族化を促進した建築物の変化が結果として日本の家族制度や地域社会の在り方も規定してしまった、との社長の見方に納得。安曇野市の流通事業所と子供病院を訪問の後、同市内の地区訪問。夕方、松本市内の月例の懇談会に参加の後、安曇野市内の事業所の新年会に顔を出す。ガラス工房の若手技能者と親しく話し込む。その後、安曇野市幹部の自宅で更に懇談。
- |1月17日
早朝、松本市入山辺原・厩所地区の炭焼き初釜入れに参加。年末偶々作業現場に遭遇した機会に、年明けの作業にも誘われた縁に基づく再度の参加。マイナス10℃の寒さの中の炭焼き作業は和気あいあいで結構楽しい。その後、浅間温泉第8町会の新年会に参加。50名の参加者の中に3名の親戚を発見。叔父のアコーデオンの伴奏で皆で馴染みの歌を歌う。安曇野市新田公民館前で豊科飴市の子供神輿を見送る。生まれ故郷である安曇野市三郷野沢地区の新年会に参加の後、豊科徳次郎地区出身の高橋市議会議員の市政報告会に宮澤安曇野市長とともに顔を出す。その席で中学時代の同期生名を発見。夕方浅間温泉の「地元屋」で行われた支援組織の関係者の新年会に参加。38年間続く伝統ある組織の新年会。じっくりと腰を落ち着けて活動していると様々な絆が見えてくる思い。
- |1月16日
早朝、松本駅前にて街頭演説。松本市内の歯科技工士会役員会で挨拶の後、安曇野市本村の蕎麦会に駆けつける。地区の皆さまが自ら打った蕎麦を15名の参加者で舌鼓。蕎麦を食べながら、蕎麦会主催団体が地域づくりに取り組む仕組みの実態を伺う。昼前後にかけて安曇野市豊科の地区訪問。この間、自民党参議院選挙候補者の若林健太氏が事務所を訪問。夕方、安曇野市豊科の初市宵祭り関係者を激励。その後歯科技工士松本支部の新年会に伺う。柔道整復師会の新年会で挨拶。その後、寿地区の松本市消防団第16分団の新年会に顔を出す。新年会の後消防団を巡る様々な課題について車座で意見交換。こうした意見交換会を定例の会にする提案あり。
- |1月15日
早朝、豊科駅前、松本駅前にて街頭演説。松本市内の事業所を訪問の後、国土交通省長野国道事務所松本国道出張所の関係者から国道19号線の拡幅の現状について説明を受ける。少人数ながら国道管理に頑張っておられる姿に国道管理の現場のご苦労を感じる。安曇野市豊科の地区訪問の後、穂高神社境内で開催された安曇野商工会の新年会で挨拶。夕方松本に戻り、第一地区と寿の町内会新年会を梯子。その後、浅間温泉で催された地元県議の支援組織の新年会に参加。
- |1月14日
早朝、北安曇が雪模様の中、一日市場駅前、松本駅前にて街頭演説。松本市内の知人を訪問の後、昼時、東京から松本に立ち寄った知り合いの朝日新聞編集委員と松本市内で今後の政局に関し意見交換。午後、長野市に飛び市内の事業所訪問。夕方長野市内の経営者協議会の新年会に顔を出す。82銀行の頭取が、「切れ目ない経済対策を望みたい」との挨拶。連合長野の会長と立ち話ながら久しぶりの懇談。安曇野市に戻り、安曇農協関係者と懇談。その後、安曇野市内の企業の新年会の二次会参加者の皆さまと名刺交換。
- |1月13日
早朝、吹雪の中、松本駅前、南松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。松本市内の事業所を訪問の後、安曇野市三郷にて介護者サロン「円」の月例会に参加。前回(12月9日)の宿題である「介護施設整備が進まない理由」を私が発表。(1)収支が成り立ちにくい、(2)人材確保が難しい、(3)基盤整備のための補助が不十分、(4)介護保険料上昇を嫌う市町村、(5)施設整備への財政負担を嫌う都道府県の姿勢などが俎上に上る。併せて私からは現時点の政府の取り組みについて情報提供。この日の話題は介護疲れで困っている女性が老親を介護施設に入れたいのに空きがなく困難な状況にある切羽詰まった具体的実情。その後、前日に引き続き豊科の地区訪問。夕方松本駅前にて再度の街頭演説。途中、佐川急便の運転手から「次回は必ず応援するから」と奇妙な激励を受ける。松本市内の経済人と政局の議論の後、地元県議の支援組織関係者との懇親会に参加。
- |1月12日
早朝、豊科駅前、柏矢町駅前、豊科カインズホーム前、松本駅前にて街頭演説。松本市内の知人訪問後、安曇野市豊科の地区訪問。新年になって初めての地区集会向けに案内を兼ねて訪問。夕方大町駅前にて街頭演説。駅前の駐在の警察官から「最近よく大町に来るね」と声をかけられる。大町市内の知人を訪問後、市内の友人と月例の懇親会。
- |1月11日
朝、安曇野市在住の中学校時代の美術の先生のご自宅を訪問し、先生が作成された図録を賜る。その道を極めた恩師の傘寿の記念の本。白骨温泉の知人の旅館経営者のお嬢さんの葬儀に参列。早世の悲しい別れに絶句。安曇野国営公園で行われた三九郎の裏方の皆さまに挨拶。大町市内で行われたカラオケのグランドチャンピオン大会を見学。大町市内の食堂の女将さんの肝いりのカラオケ大会に、1,000人もの人が詰めかける。魚貝類の魚屋さん、その食材を使う食堂、その食堂の二階を使ったカラオケというイベントを絶妙に組み合わせ、大町市への集客による地域活性化を商店街が支えている現場を垣間見る思い。夕方安曇野市内で知人と懇談。
- |1月10日
朝、松本市内の宗教団体の新年の会に顔を出す。昼時に市内の中条東第1町会、第2町会、渚上町会の新年会を梯子。「信濃優扇会」の初踊りの会に参加。中信地区の踊りの同好会の新春の集い。着物の女性の雰囲気に圧倒される。生坂村の消防出初式に顔を出したところ生坂の子供消防隊の可愛い雄姿に感動。安曇野市明科、光地区の「三九郎」を見物の後、安曇野市消防団第3分団の新年会で挨拶。安曇野市三郷村の同姓の新年会に参加。じっくりと今後のことを語り合う。
- |1月9日
早朝、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。松本市消防団の出初式を千歳橋の袂で迎える。このような凛とした行事が今の時代にあっては大きな価値を持つように思える。昼に松南地区新年会にお呼ばれ。寿小池の常会の新年会にも顔を出す。松本市消防団第5分団の新年会で挨拶の後、田川縁で行われた16分団の支援の下での子供たちの「三九郎」を見物。夕方再度松本駅前にて街頭演説の後、松本市歯科医師会の新年会参加の皆さまに新年の挨拶。松本市消防団第4分団の新年会に参加しじっくりと懇談。消防団出初式がその後の消防団の新年会に波及し、市内の飲食店を活性化させている現状を認識。伝統行事の保持は地元経済にとっても極めて重要であると再認識。
- |1月8日
早朝、一日市場駅前、島内駅前、松本駅前にて街頭演説。松本駅前では共産党県議から、「よくやるわね」と声をかけられる。私からは、「共産党さん並に頑張らないと」と答える。松本市内の支援組織への挨拶回り。昼に本郷地区の新年会に顔を出した後、並柳のお蕎麦屋さんの定例蕎麦会で昼食。女将さんが結った髪が正月らしい。午後大町市で開かれた大糸タイムス主催の新年会に参加。「大町富士」永田社長から、ここに来て半導体需要が好調であり一時撤退が報道された事態が変わった話を伺う。8日付けの日経新聞の一面記事(「半導体回復 業績底上げ」)と軌を一にする話であり、経済はまさに生き物である思いをする。「何事も諦めてはいけない」、ということか。
- |1月7日
早朝、松本市内の宗教団体の新年の集会に参加。事務所で書類の調整を行った後、昼時浅間温泉観光協会新年会に参加。民主党現職代議士が挨拶の中で、「この場は経営者が多いが、政府の雇用調整助成金の拡充があったのでそれを活用して雇用確保をすべきである。銀行の信用保証枠の活用は優良企業優先であり真に必要としている零細中小企業に必要資金が廻っていない」との観光協会の新年会としてはいささか場違いに思われる挨拶を行ったのに対し、井上松本商工会議所会頭が皮肉を込めて洒脱な挨拶を行ったのが印象的。「我々は城下町松本の士農工商の「商」である。為政者が誰に代わったとしても常に頑張らなければならない。」これは一連の正月挨拶の中で最も印象に残った名挨拶。午後松本市四賀地区で行われた知人の祖母の葬儀に参列の後、白板事務所にて松本市内のギネスブックに載っている発明家の方と面談。地場の技術を広く活用するための方策について語り合う。夕方、松本駅前にて街頭演説の後、松本市連合町会長役員会にてご挨拶。その後、松本市・市議会関係者と「まちづくりと公共交通」について勉強会。私が欧州の公共交通整備の理念と具体例について基調報告。松本市関係者からは市の抱える課題などについてご報告を頂く。これを定例の情報共有の場にするべく確認。
- |1月6日
早朝、豊科駅前、穂高駅前、大町駅前にて街頭演説。穂高駅前では登山用具店経営者から演説中、「店の前での演説は迷惑」と抗議の声を受け演説を中断。大町駅前では雪の中の孤高の演説。大町市から長野市に雪道を抜け到達。長野市内の事業所挨拶廻り。途中、県庁にもお邪魔し知事をはじめ幹部の皆さまに新春の挨拶。夕方、税理士の有志の皆さまとの勉強会に参加。その後、松本市内の町会、渚地区の有志の皆さまの会合、安曇野市内の工業会関係者との会合を梯子。
- |1月5日
早朝、松本公設市場の初市に参加。昨年に引き続き市場関係者から市場の取扱量がとみに減少してきている現状を伺う。市場の食堂で焼き魚定食を食べる。その後、市場内の漬物商店で高校同期生と話す。中心市街地の衰退に危機感を持つ関係者で市街地活性化に向けた施策を研究する同世代の勉強会を作ることに。村井駅前にて街頭演説後、市内の事業所に新年挨拶回り。昼前、白板交差点付近でヒッチハイクをしている外国人の二人連れを発見。事務所内に招き話をする。フランス出身の24歳と21歳の若者のMolin兄弟。フランスのグルノーブル出身の兄が和歌山大学に半年留学の機会に弟が2週間の予定で訪日。長野市までヒッチハイクを試みる話を聞き、時間があるのならと安曇野市方面に誘う。安曇野湧水、穂高神社を案内。穂高神社では偶然小平宮司に出会い、宮司自ら境内を御案内いただく。神前結婚式の白無垢姿の花嫁を見てフランス人兄弟は感動。兄弟を豊科インター前で降ろす。無事にヒッチハイクが成就したか心配。「フランスに来たら是非案内するので連絡を」とメールアドレスを頂戴する。安曇野市内で鬱蒼とした屋敷林を持つ知人を訪問。安曇野の古民家と屋敷林保存の在り方について意見交換。「点としての屋敷林ではなく地域全体の景観の在り方などもを鳥瞰した屋敷林保存を議論すべし」との屋敷林継承者の意見。午後4時からの松本市商工会議所新年会に参加。松本空港へのFDA就航と松本山雅のJFL昇格が明るい話題2題。夕方、松本駅前にて街頭演説後、事務所に戻り2月下旬に予定している自民党第二選挙区支部総会に向けての打ち合わせ。
- |1月4日
仕事始めの朝、安曇野市豊科駅前、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。午前中、波田町主催の新年会で挨拶させていただく。3月末で松本市に合併のため最後の新年会。午後、松本市主催の新年会、安曇野市主催の新年会に参加。昨年の新年会に比較し、飛躍的に知人が増えていることを実感。衆議院の民主党現職が、「虎は一歩一歩着実に行く。今年は一歩一歩進む年だ」と挨拶。私はそのような言い伝えは初耳であり、むしろ「虎は千里行って千里帰る」行動力があるものと理解。世界大変革時代にあって国際競争が更に激化する中で、ピンチをチャンスに変える迅速果敢なチャレンジ精神が今求められていると私自身は思う。夕方、松本駅前にてこの日二度目の街頭演説。松本市内博労町会の新年会で挨拶の後、生坂村職員新年会で挨拶。再度松本に戻り、知人と裏町で懇談。
- |1月3日
小雪交じりの午前中から午後にかけて、安曇野市本村区新年会、たつみ原区新年会、松本市里山辺荒町新年会、第2地区栄町新年会、飯田町2丁目新年会、安曇野市新田区新年会に顔を出す。本村では40年ぶりに豊科中学の恩師の二木先生に再会。栄町ではカラオケで「ふれあい」を歌う。じっくりと地区の皆さまと話をする機会が与えられ有難し。夕方、安曇野市スワンガーデン前にて買い物客の皆さまに街頭演説後、市民運動家と懇談。夜、松本市内の親戚宅の新年会に顔を出す。2月にオーストリアに留学する従姉の娘、近くネパールのチョモランマのベースキャンプまで山登り予定の従姉の息子の抱負などを承る。地元出身の若者が広い世界を舞台に活躍しつつある姿は眩い。
- |1月2日
午前5時から安曇野市の早起き会に参加。74名の参加者の皆さまと早起き会の後も親しく話をする。「早起きは三文の得」。年賀状を一覧した後、松本市内の軟式テニスの「打ち初め」で御挨拶。松本駅前にて新年初めての街頭演説の後、松本市内の支援者に挨拶廻り。夕方、高校の陸上部同窓会の新年会にゲスト参加。世代を超えた多くの参加者を目の当たりにしスポーツを通じた人の結びつきの強さを実感。
- |1月1日
午前零時からの松本市内深志神社の歳旦祭を皮切りに四柱神社、塩竈神社、安曇野市成相の八坂神社、穂高神社を巡る。午前5時からは松本市内の早起き会「元朝式」に集い、植広会長からのメッセージを承る。午前7時からは立正佼成会の集いにも参加。庭野会長の年頭誓願文を拝聴。午前中、松本市内今井公園西地区、東耕地地区の両町会新年会に顔を出す。午後、笹部町会、井出川町会、林町会の新年会に顔を出す。町会新年会の間、地区の神社巡りを行う。多賀神社と筑摩神社では氏子総代の皆さまにご挨拶。夕方、創価学会の関係者に御挨拶。夜安曇野市の家に帰ると、年賀状を見る気力もなく早い時間に就寝。
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