自由民主党

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活動報告 平成21(2009)年1月

活動報告動画はこちら 連続ミニ集会の模様はこちら

  • 1月31日
    午前、長野市ホテル国際21で自民党本部総務会・選対委員会・職域支部長合同会議に出席。午後、松本市内の後援会会合。約70名の参加を得て今後の運動方針を確認。その後、松本市内を廻る。夕方、松本市内の会合を梯子。
    写真:長野市内の自民党関係者の会合にて 写真:松本市内の後援会会合にて
  • 1月30日
    早朝、豊科駅前、松本駅前、深志二丁目交差点で街頭演説。定額給付金について長野県全体で342億円、松本市34億円、安曇野市15億円という私の試算数字を交えながらその経済効果について演説。その後、安曇野方面の事業所廻り。夕方、松本市内を広報車で巡った後、安曇野市豊科にて業界の新春懇親会で挨拶。その後、豊科で知人の送別会に顔を出す。
    写真:安曇野市豊科の業界新年会での挨拶の模様 写真:豊科の送別会で被送別者の新たな門出を祈る
  • 1月29日
    早朝、豊科駅前で街頭演説。長野市に赴き職域事業所を訪問。マスコミ各社も訪問し、有権者が広く候補予定者の実績、政見を比較する機会を作ってほしい旨要請。民主主義の公器としての機能発揮を要請。松本市に戻り、渚交差点、伊勢町、松本駅前で街頭演説。その後、市内の新年会を梯子。海外ボランティア技術協力関係者との新年会では、養蚕などの日本の伝統技術が海外で脚光を浴びている実態を知る。元外務省経済協力局国際機構課職員としての知見が蘇る。
    写真:オイスカ松本支部の新年会にて 写真:
  • 1月28日
    早朝、豊科駅前、松本駅前、深志二丁目交差点前で街頭演説。松本市内の事業所を訪問後、松本市議の引き廻しで松本市内の町内を訪問。その間、特養「岡田の里」を訪問し所長の説明を伺う。120名の定員に1,000人が待機状態の由。夕方、松本市内アップルランド桐店前、松南高校前で広報車上から街頭演説。松本市内の業界の総会を梯子。車検制度が自動車整備業界の命運を維持している現状を米国との比較で所見開陳。その後、安曇野市豊科の知人宅で集会の打ち合わせ。
  • 1月27日
    午前、松本市内の町内を廻る。城東町で「製袋」という看板を掲げた町工場を訪問。何と、時代物の紙袋の製造機を使った紙袋製造場。松本には思わぬ手仕事が残っていることを発見。子供たちが生まれた市内の産婦人科医院も訪問。勤労福祉センター前で街頭演説後、同センター内で会合。本郷公民館で行われていた童謡唱歌の会に顔を出す。叔父がピアノ伴奏の会。歌は健康の元であることを実感。長野県松本合同庁舎前で街頭演説の後、松本市内の新年会を梯子。
    写真:松本市城東町の「製袋工場」の時代物製袋機とご主人 写真:松本市本郷地区の童謡唱歌の会にて
  • 1月26日
    早朝、豊科駅前、松本駅前、深志二丁目交差点で街頭演説。安曇野市内の有権者宅を訪問後、松本市美ケ原温泉で理容組合松本支部の新年会に参加。以上の朝から昼の行動を、地元テレビ局が取材。午後、松本市内の有権者宅を訪問。あるNPO法人で偶然中学の同級生と出会う。ある会計事務所では所長から地元人脈についての蘊蓄を承る。同会計事務所で妻の親戚とも久しぶりの邂逅。和菓子屋の奥さんが、「父が務台さんを支援している」との嬉しい話。通りのコーヒー店でベルギーからの観光客と会話。東京→松本→高山→金沢→東京の旅程の由。欧州からの旅行者の行動パターンとして定着か? 夕方、党の広報車の車上から松本駅前で街頭演説後、松本市アルプス観光協会新年会にて「上高地新輸送構想」学習会。宴席での北アルプス山麓の旅館や山小屋の関係者との会話が新鮮。その後、松本市日中友好協会新年会、知人の会合に顔を出す。安曇野市豊科で知人の大学教授と意見交換。
    写真:松本市アルプス観光協会新年会の学習会の模様 写真:日中友好協会新年会にて流ちょうな中国語で歌を歌う穂刈顧問
  • 1月25日
    朝、松本駅前で街頭演説後、党の広報車で波田町、山形村、朝日村、松本市内方面に広報活動。途中車上で街頭演説。昼過ぎに長野市内の政党関係新年会に参加。その後長野市豊野地区で街頭演説。松本市に戻り、町会新年会に顔を出す。
  • 1月24日
    午前、中条村の知人宅を弔問。ご遺族の話では、1975年に和田昭雄作詞・北島久三作曲による「中條村農業経営者友の会」の歌である「我等の歌」のCD化が最後の目標で、それが出来上がった後に息を引き取られた由。「時の流れは厳しく変わり、夫々去り行く友あれど、父母のこの地に鍬を取り、我ら同志は今こそ立たん」という歌詞が印象的。過疎化が進む中山間地域を支えようという悲壮な決意が伝わる歌。昼に信州新町の後援会新年会に参加。県議による信州の中山間地農業再生に向けた「漢方薬栽培構想」を伺う。反当たり20〜30万円の収入が確保され中山間地農業に夢を与える構想。その足で信州新町、長野市旧大岡村の有権者を訪問。農家のご婦人から自家製の干し柿を頂く。犀川沿いの中山間地には柿の木が多く、枝には熟した柿が寒風の中に晒されている姿が目立つ。車を途中で降りて熟柿を頬張るとその甘さにビックリ。鳥の餌にしておくのはもったいない。中山間地域には潜在的資源が眠っていることを感じる。夕方、松本市内の会合を梯子。
    写真:信州新町の後援会での挨拶 写真:冬の寒空の下、旧大岡村の熟柿
  • 1月23日
    早朝、豊科駅前で街頭演説。松本市内、北安曇郡内、大町市内の事業所を訪問。夕方、大町市内、松本市内の業界関係者の新年会に顔を出す。大町市内のある事業所で社長と碁盤を囲む。「事業も選挙も布石が大事ですね」との会話。
    写真:大町市内の事業所で経営者と碁盤を囲む 写真:
  • 1月22日
    早朝、松本駅前、深志二丁目交差点で街頭演説。歩道の雪を片づける洋品店のおばさんと記念写真。「商店街も生き残りで大変なの」との言葉に実感がこもる。その後、松本市内、安曇野市内の事業所、知人を廻る。松本市内の業界新年会で挨拶。中小企業関係団体の会合にも顔を出す。更に安曇野市内の商工会新年会に顔を出し挨拶。「党派に拘わらず地元からの人物を」との激励が嬉しい。安曇野市議会のある会派の新年会にも顔を出す。堀金地区選出市議から、「臼井吉見の縁戚であることをアピールするように」とのアドバイスを賜る。
    写真:松本市内の商店街で雪片づけをするご婦人と 写真:雪化粧の安曇野市内の後援会幹部宅で
  • 1月21日
    早朝、松本駅前、深志二丁目交差点、中央二丁目交差点、再度松本駅前、白板交差点で街頭演説。オバマ新大統領の就任演説の数時間後の街頭演説。聞く人は少ないものの、私にとっては記念すべき日の演説。その後、松本市内の事業所、支援組織訪問。夕方、新年会を梯子。夕方から雪が降り始める。
  • 1月20日
    長野市内の職域関係事業所を訪問。夕方、松本市内の新年会に顔を出す。元旦の新年会で私が参加し意見交換した後衆議院現職がやはり顔を出し同様の意見交換を行った由。その際、「両者の見識の差が如実に出た」との出席者からの面映ゆい話を伺う。その後、安曇野市内の製造業関係者の新年会に顔を出す。地元のハード・ソフトのインフラ充実に関する強い要請を伺う。現在は現職国会議員と地元自治体・企業の間で全く情報交換が無い旨伺い、唖然。しかし問題はその後の会話。「国会議員が仕事をするか否かは地元有権者にとっては関係ない。有権者との接触の濃淡が重要」、「マスコミも地元代議士の仕事の実績の有無などは知っていても報道しない」、「有権者のレベルを上げないと有能な国会議員が地元から選出されることは厳しい」、「しかし現在はそれを行う術がない」、との手厳しい指摘。志ある新人にとって国政参画は得体の知れぬ民主主義という難関入試であることを認識。
  • 1月19日
    早朝、松本駅前、深志二丁目交差点、千歳橋にて街頭演説後、松本市内の事業所を駆け足で訪問。夕方事務所で地元紙記者の取材。地元紙が候補予定者の実績や人となりをきちんと評価・比較検討しないこと、公開討論会を主催しようとしないことに対し、有権者に適切な情報提供をするという民主主義の基盤装置としての機能を果たしていないのではないか、と問題提起を行う。大町市に飛び、ある業界の新年会で挨拶。その後安曇野市豊科での一般廃棄物最終処分場の候補地に関する約150名もの住民意見交換会を傍聴。独自の最終処分地施設を所有していないこの地域に一般廃棄物の最終処分場を決めるための住民意見の聴取の場。参加者の多くは、自分の地域が候補地としてふさわしくない旨の意見を述べていたが、事が事だけに真剣な意見陳述。「新庁舎設置場所に隣接する形での処分場の検討」という意見もあり、これには参加者が拍手。
    写真:民主主義とマスコミの情報提供機能を廻り地元紙記者と議論 写真:最終処分場を廻る安曇野市住民意見交換会の模様
  • 1月18日
    早朝、第76回自民党大会に出席のため松本を発つ。10時からの会合に危うく遅参寸前。松本・東京間の交通の不便さを実感する。交通インフラの不便さによる長野県中信地域の逸失利益の巨大さに思わず背筋が寒くなる思い。この地域の政治力の蓄積の在り方にも問題があるかもしれないとの思いがよぎる。党大会は、公明党太田代表の「10年目の連立政権の真価が問われる時」、「100年に一度の危機の中で平時の感覚の議論が行われている」、「今後3年間で日本の進むべき将来像を明らかにし、その目標自体が景気回復の力となる」、「公共事業が悪であるとのレッテル貼りはやめよう」との力強い挨拶が印象的。麻生総裁からは、幾多の困難を乗り越えてきたわが国の歴史を踏まえ、現時点で世界で最も信頼されている我が国に「誇りと自信」を取り戻し、「日本の底力」を発揮する改革を進めるとの力強い挨拶。また、「ねじれ国会の中で、国民は対立を望んではおらずその中での解決策を望んでいる」、との指摘は言い得て妙。パーティーの前に、地元紙の記者から党大会の感想や選挙時期に関して取材あり。パーティーに少し顔を出し午後一番で松本に戻る。事務所で打ち合わせの後、小学校の恩師を訪問。元組合専従の恩師からは、「党派ではなく人物本位の選挙をこの地域の有権者は求めている」とのお言葉を賜る。
    写真:自民党大会での麻生総裁の演説 写真:党大会の後のパーティーにて福田前総理と懇談
    写真:党大会の後のパーティーにて細田幹事長と懇談 写真:
  • 1月17日
    朝、松本駅前、パルコ前広場、中央二丁目交差点、深志二丁目交差点、千歳橋交差点、渚交差点にて街頭演説。夕方は白板交差点にて街頭演説。松本駅前でタクシー運転手の方から、「なぜ民主党で立候補しないのか」と聞かれる。「選挙の後は政界再編があり得ます。政界再編の後にあの人を選んでおけばよかったと後悔しない地元有権者の選択を期待します」と答える。高校同期のお父上の弔問、葬儀に参列。80歳代前半の訃報。夕方、松本市内の寺院の総代会を皮切りに、業界、町会の新年会を梯子。新年会が松本市、大町市、安曇野市、池田町に跨り、夫婦で手分けしての参加に。池田町の知り合いの自宅の新年会では政策議論に花が咲く。帰宅は深夜。
  • 1月16日
    夕方まで長野市内の事業所を訪問。その後、松本市内で各種新年会、安曇野市豊科で小学校同級生の会合に出席。この3月に卒業40周年を記念し拡大同級会を企画。
  • 1月15日
    早朝、松本駅前で街頭演説後、事務所内で打ち合わせ。松本市内の事業所を訪問の後、複数の新年会を梯子。その間、安曇野市商工会の新年会にも顔を出す。
  • 1月14日
    長野市内の職域関連支部を挨拶廻り。歯科医師会で内村鑑三の「Dentistryis a work of love.」(歯科治療は愛の仕事なり)との書を拝見。軽井沢星野温泉で激烈な歯痛に見舞われた内村鑑三が小諸で受けた歯科治療により疼痛から解放された喜びを表現した名言とのこと。政治こそが国民生活の苦境を開放できるとしたら、「Politics is a work of love.」とも言えるものと得心。しかし、現実の政治は、100年に1度と言われる経済危機の最中にも拘わらず、政争に明け暮れ国民生活とは遊離した議論に終始している感が強い。夕方松本で会合を梯子。
    写真:内村鑑三の歯科治療への賛辞 写真:
  • 1月13日
    早朝、上京。補正予算の衆議院審議が大詰めの中、新年あいさつを兼ね永田町、大手町、霞が関方面を大急ぎで廻る。2月、3月に予定している我が事務所行事に関する相談も行う。帰りの電車の中で、新刊本ゲラの最終校正。
  • 1月12日
    早朝松本駅前で街頭演説の後、山形村消防団出初式に顔を出す。吹雪の中の消防団分列行進が印象的。その後安曇野市三郷の町会新年会で挨拶。同市内豊科の「あめいち」祭りの合間に、近所の皆様と昔の記憶を確認しながらの歓談。その後、松本市島立の新年会に参加。事務所に戻り打ち合わせの後、大町市内の会合に参加。
    写真:山形村消防団の吹雪の中の分列行進 写真:安曇野市豊科の「あめいち」の綱引き
  • 1月11日
    朝、安曇野市消防団出初式に参加。1,000人を超える大規模な出初式。その後、松本市内の「あめいち」の御神輿担ぎに参加。本町二丁目の御神輿の担ぎ手として加わる。本町を練り歩く。本町の歩行者天国は大そうな賑わい。商店街の本来の活気を垣間見る。中央二丁目交差点の武田、上杉の両軍に分かれての綱引きも勇壮。大町市に飛び、町会の新年会に顔を出す。松本への帰路、豊科の「あめいち」にも顔を出す。中学2年生の子供御神輿を激励。夜、松本市内で知人と会食。
    写真:「あめいち」の本町二丁目の御神輿 写真:肩に食い込む意外に重い御神輿
    写真:「あめいち」での記念写真 写真:豊科「あめいち」子供神輿の担ぎ手の中二生徒と
  • 1月10日
    早朝、松本駅前、波田町役場前で街頭演説の後、波田町の消防出初式に参加。JETの参加者のアメリカ人が団員に交じっているのを発見。ネイソン君とジェイソン君。私がJET関係のロンドン事務所にいたことを伝えると破顔。外国人の若者が日本の消防団に参加することの意味は大きい。松本市に戻り、ある業界団体の役員会で挨拶。その後、麻績村の消防出初式に参加。現職衆議員議員が挨拶。松本に戻り、千歳橋、中央二丁目交差点、深志二丁目交差点、松本駅前で街頭演説。夕方、松本市内の会合を梯子。会合途中で、近くの商店街の新年会からもお呼びがかかる。呼ばれることの有難さ。
    写真:波田町役場前の歩道橋にて街頭演説 写真:波田町消防団に参加のJET青年と記念写真
    写真:波田町の消防団の分列行進 写真:
  • 1月9日
    早朝、雪化粧の松本市内を松本駅前、深志二丁目交差点、中央二丁目交差点、再び松本駅前で街頭演説。その後、岡谷市内の知人経由で大町市に向かう。大町駅前で街頭演説後、大町温泉郷にて大糸タイムス主催の大北地区の賀司交換会出席。この地域の主だった方々約200人が一堂に会す。現職衆議院議員とまた遭遇。重要補正予算審議中の国会開会中に連日に亘る現職議員の地元新年会への精勤振りには驚愕。再度大町駅前で街頭演説。話を聞いてくれたタクシーの運転手の方が、「この間深夜豊科まで送った者ですが、頑張ってください」との激励の言葉。私から「次は最終列車で寝過ごさないようにします」と苦笑いの返事。その後豊科駅前で街頭演説を経て、松本市内新年会を梯子。
    写真:雪化粧の松本駅前での街頭演説 写真:夕方の大町駅前での街頭演説
  • 1月8日
    早朝、松本駅前で街頭演説後、松本市内を廻る。浅間温泉街の女将さんとじっくり話す機会を得る。昼食時に事務打ち合わせ。松本市梓川方面の知人を訪問後、松本商工会議所の新年会に出席。柳原日銀支店長が、「昨年は受け身の変化の年、今年は自らが能動的に変革する年」と気の利いた挨拶。現職衆議院議員も姿を見せる。前日に引き続き国会期間中によく地元に戻れると改めて感心。夕方、市内の新年会を梯子。ある町会新年会で現職議員と再度鉢合わせ。その町会新年会で、皆が「信濃の国」を歌ったところ、現職国会議員が歌わない光景が際立つ。「信濃の国」は地元出身でないと覚えにくい歌であることを再認識。その後の新年会では私のために作成して頂いた後援会旗の下で記念写真。
    写真:務台を支援する後援会旗の下での新年会 写真:
  • 1月7日
    早朝、豊科駅前、松本駅前、白板交差点で街頭演説。豊科から松本に向かう途中、東の空に太陽が3つあるような不思議な光景に出くわす。寒空の雲に反射した光の芸術。事務所でスタッフの打ち合わせの後、自衛隊松本駐屯地隊員成人式に出席。その足で浅間温泉観光協会の新年会に出席。国会で補正予算が議論されているにも拘わらず地元に駆けつけた現職議員と鉢合わせ。その後、松本市内の事業所を訪問。夕方、安曇野市内で行われた塗装関係事業所の技能功労者褒賞記念兼新年会に参加。被表彰者の社長から、若い頃、営林署の公務員を辞して塗装の世界に志を立てた話を伺う。自らの実力で塗装の世界で高い評価を受けるという「夢」を実現した話に感銘。隣席の取引先金融機関の幹部から、「技術力、社長のリーダーシップ、支える社員の力」が揃った超優良会社との評価を伺う。その後、松本市内の新年会を梯子。飛び入りで高校の20年先輩の同期の新年会にも顔を出す。
    写真:移動途中で遭遇した松本の空の三つの光 写真:安曇野市の塗装関係事業所の技能功労者褒賞記念会にて
    写真:高校の20年先輩の新年会にて 写真:
  • 1月6日
    早朝、松本駅前、中央二丁目交差点、白板交差点で街頭演説後、松本市内の町会、事業所の新年会を梯子。町会の新年会の会で、妙齢の女性陣の席に座り熱烈な支援の約束を得る。松本市内の知人を訪問の後、夕刻、松本駅前、深志二丁目交差点、千歳橋で再度街頭演説。見知らぬ人が駆け寄り手を握ってくれる。「支援しているよ」との言葉が有難い。夜、松本市内の新年会に顔を出す。
  • 1月5日

    早朝、松本公設市場の初市に参加。市場関係者から市場の取扱量がだいぶ減少してきている旨伺う。地元大手青果事業者も経営効率化の観点から長野と松本の会社を統合する旨伺う。その会社の社長の初市挨拶は、「厳しい情勢の中で生き残ることが価値あること」。この発言は、私自身の現在の境遇と同じであると共感。市場の食堂でまぐろ丼を食べる。その後、市場内の商店でオーナー親子と話す。「市場機能の弱体化は、郊外店が増え直接仕入れの比重が増したことの証左。そのことは中心市街地の衰退と裏腹」との話を承る。「市場開放の外圧に負け、大店法の規制を緩めたことが中心市街地の衰退を招いた」と、これまでの政府の規制緩和がもたらした現実を指摘される。地域社会の存続という観点から規制の在り方を議論することも必要な視点。それとともに、歴史的に価値のある中心市街地の整備の在り方をトータルで考える必要性を痛感。縄手通りの真ん中に高層マンションを建てることと松本城の世界遺産登録を目指す運動との間に不整合を感じる。


    その後、松本駅前、千歳橋、深志二丁目交差点で街頭演説を行う。並柳の会社の仕事開きの会で挨拶の後、ある町会新年会で挨拶。現職代議士の奥さんと鉢合わせ。夫人の挨拶の中で、「国会議員を掃除する」という話はやや新年会的ではない話の様に思える。

    その後、松本市内の事務所などに挨拶の後、松本市主催の新年御礼会に出席。300人ほどの会合。松本市内のお歴々と挨拶する機会を得る。1/4以上の皆さんと顔見知りになっている自分自身に帰郷後5ヶ月間の進歩を感じる。


    千歳橋の袂で再び街頭演説。街頭演説の前に、ベルギー人のカップルが近くにいたので伴に写真を撮る。伊勢町の近代的建造物が気に入った様子。選挙のことを話すと、「グッドラック」とのこと。私から昨年ブラッセルを訪問した話をする。「円高で大変だね、でもその浮世絵版画はお買い得だよ」とカップルが持っていた買い物の版画を褒める。


    その後、ある設計事務所の新年勉強会でミニ講演。我が国の中央集権制度の下で地域らしい風景や景観が失われてきた実態を話す。明治時代の鎮守の森の統合もその一つ。建築基準法や減価償却制度の問題点を指摘。英国では古い民家ほど高値で売れる実態を紹介。英国の地域コミュニティであるパリッシュが景観維持に果たしている役割を紹介。設計事務所の人も頷く人多し。


    夕方、松本市内のホテルで市議会関係者との新年会。事務所に戻った後、妻と近くのスーパーで買い物。親と子供3人の家族連れがしきりに私の顔を見て笑っている。私も笑い返す。お母さんが、「ポスターを見て顔がわかったみたいです」とおっしゃるので名刺をお渡しする。子供たちの間ではポスターのロゴの「シュンスケが立つ」という言葉がクラスで話題になっている由。私にとっては、とても嬉しい話。


    写真:松本公設市場の初市 写真:野菜の初セリ
    写真:街頭演説を覗いてくれたベルギー人カップル 写真:設計事務所勉強会で講師を務める
  • 1月4日
    早朝、今年初めての街頭演説を松本駅前、深志二丁目交差点で行う。長男が正月休みで事務所を手伝いに来たので、「旗持ち」を依頼。「桃太郎と雉のようだね」、とは長男の感想。商店街の方から、「お父さん寒い中で苦労しているから助けてあげてね」という激励の言葉が長男にかかる。松本市内の消防団観閲式があり、千歳橋の交差点近くで、団分列行進を静かに激励。青天の寒空の下、一糸乱れぬ消防団の行進に清々しさを感じる。消防団制度こそ地域の安全安心という観点から、重要無形文化財であると確信。その後、北安曇郡方面に挨拶回り。池田町を訪問した際に、ある町会の新年会で挨拶の機会を賜る。ある支援者のご自宅ではお餅と煮物を御馳走になる。松本に戻り、複数の松本市消防団の分団新年祝賀会に参加。第3分団の会合では現職代議士と遭遇。双方で団員にお酒を注ぎ合う不思議な光景。現職が会場に日本酒を二本持ち込んでいたのに対し、私は手ぶらで参加。
    写真:今年初めての松本駅前の街頭演説 写真:街頭演説の「旗持ち」役の長男
    写真:松本市消防団観閲式のラッパ手パレード 写真:松本市消防団観閲式の分列行進
  • 1月3日
    松本市白板の事務所で新年開所式。決戦の年に当たり、事務所関係者の決意を確認し合う。参加者の一人が「自民と民主の違いは何かと問われると、自民党旧福田派と自民党旧田中派の違い、と答えている」との話が面白い指摘。松本市内の支援者を訪問の後、ある高校運動部の先輩後輩の新年対面式で挨拶。その後、明科、生坂方面の支援者訪問。家族で薬膳中華の夕食。
  • 1月2日
    早朝、安曇野市豊科での早起き会にて10分程度の即席講演。その後、松本市内でテニスの打ち初め式に同席。浅間温泉での知人の新年会に顔を出した後、松本市内の支援者への挨拶廻り。夕方、高校同窓の運動クラブの新年会で挨拶。夜、親族で夕食。
    写真:「早起き会」で出会った生後一ヶ月の双子の赤ちゃんと 写真:高校同窓の運動クラブの新年会にて〜同級生からの紹介を受ける本人〜
  • 1月1日
    1月1日に日付が変わった深夜、松本市内のある神社で神事参加後、市内の神社の初詣を梯子。ロンドンから一時帰国の松本出身の女性と初詣で遭遇。その足で安曇野市内の神社にも詣でる。安曇野市の馴染みの神社では氏子の皆さんの計らいで玉串奉てんをさせていただく。元旦の儀式への参加は思わぬ出会いがある。2時間ほどの短い睡眠の後、5時半から今年初めての早起き会参加。その後、松本市内の四柱神社の鳥居の真ん中から出る初日の出を拝む。その後、松本市内の町会の新年会を梯子。ある町会では出席者との間で即席「新春討論会」が実現。双方向の真剣勝負の現場意見交換に雰囲気が和らぐ。私にとってはこうした機会こそ重要。
    写真:2009年元旦の松本市内 写真:四柱神社の鳥居の真ん中から昇る2009年の初日の出
    写真:松本市内の町会の皆様の一斉初詣に参加 写真:松本市内の町会の新年会での「新春討論会」

過去の活動報告

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