自由民主党

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活動報告 平成23(2011)年3月

活動報告動画はこちら 連続ミニ集会の模様はこちら

  • 3月31日
    朝から小雪交じりの寒い年度末。松本市内の知人を訪問。途中、市内の独り暮らしのお年寄りの会合で懇談。午後にかけ東筑摩郡方面を訪問。朝日村に所在する東日本と西日本の電力調整を行う変電所を久しぶりに「遥拝」。今日ほどこの施設が注目を浴びたことはなかった。変電所の機能を大幅にアップする対策も必要。長野県としてはこのような政策提言を行い、施設の誘致を申し込むべきではないか。また、東日本の長期的な電力不足が見込まれる中、長野県を東日本所在の事業所の「避難」の受け皿となる対策も用意するべきではないか。夕方、長くなった髪を調髪。
    写真:松本市内の独り暮らしのお年寄りの会合にて 写真:
  • 3月30日
    午前中から午後にかけ、上水内郡、長野市、安曇野市、松本市内の県議選候補予定者の事務所を順次陣中見舞い。震災で各候補者の活動の在り方が大きく変わった印象。とても静かな戦い。夕方、安曇野市内の支援者との定例懇談会。安曇野市にも福島方面から被災者が避難してきている。県営住宅の改修を手掛け、被災者受け入れに従事している方からその話を伺う。安曇野の水を気仙沼に届けている方からも現地の様子を伺う。会合の参加者から義援金が集まる。
    写真:義援金箱を手に安曇野市の仲間と記念写真 写真:
  • 3月29日
    都内の企業を廻り、震災に関連した情報聴取。部品調達に支障が生じ、供給体制が整わないとの声がある。一方で、政府の危機管理対応に関しては、自衛隊、消防などの個々の組織の動きへの評価が高いものの、官邸を中心とした政府中枢の指示系統の混乱に対して、「幼稚な対応」との厳しい評価。国難に当たり、野党が与党をカバーしてやらなければ立ち行かない、との切ない立場。また、防災系企業幹部から防災と伊勢神宮の式年遷宮の関係についての認識を拝聴。「20年に一度の式年遷宮はノウハウの継承の意味。それ以上の期間を置いた建て替えはノウハウがとぎれる。伝承を継承するには仕組みが必要。今の組織は、ベテランを粗末にしノウハウの継承の観点で危うい」、との指摘。原発に関しても設置当時の関係者のノウハウが継承されているのか疑問との指摘も。この話を伺い、JCO臨海事故時に茨城県長総務部長であった頃の記憶が蘇る。当時、橋本茨城県知事は、JCO事故などの影響により若手研究者の原子力工学離れが加速し、今後のこの分野の人材の層が薄くなることを強く懸念していた。今回の事故への技術者・研究者の対応を見ると、当時の橋本知事の懸念を思わず想起。ところで、今回の大災害の発生を正確に予想した学者がいた由。こうした警鐘に耳を貸さなかった当時の政治・社会。更に輪をかけ、「いつ起こるか分からないことにお金をかけるわけにはいかない」と「事業仕分け」により、大胆に防災予算をカットした「政治家」と「有識者」。その当事者にこの災害の感想を伺いたい。夕方、松本市内の今井地区で後援会の立ち上げに参加。コミュニティがしっかりしている今井地区。
    写真:松本市内今井地区の後援会の皆さまとの車座懇談 写真:松本市内今井地区の後援会の皆さまと記念写真
  • 3月28日
    午前中、安曇野市内の知人宅で後援会構築に向けての相談。この日は災害復興に向けた様々な考え方に接した。経団連会長が法人税引き下げの撤回に言及。復興財源に法人税引き下げ分を充てることを容認とのこと。非常時には企業も「競争」より「協調、連帯」を優先することを表明したものと理解。この事例を見るまでもなく、挙国一致で国の再建に取りかかろうとする意識が高まっている。直前まで我が国経済は年換算20兆円の需要不足があると言われたものが、今回の災害で、国内に有利な投資先が見つからず対外投資に向かっていた国内貯蓄が、災害復興のために国内に投資される機会が到来したと考えるべき。対外純資産残高19年連続世界一(266兆円)の我が国の債権大国の立場が、国難に臨み今こそ生かされる。復興債を発行して国の内外から資金調達を図った上で、その償還財源の一つとして、「臨時被災地支援特例税制」を早期に導入し、「消費をすればその一定割合が目的税として被災地支援に廻りその結果、消費促進効果も生じるという仕組みにより、人々の善意による収入と消費刺激の両立を目指す『国民元気玉』税制を導入する」ことを提唱したい。アニメ番組のドラゴンボールの「元気玉」の発想。夕方、英国シェフィールド大学のピーター・マンデル教授から、日本の「萎縮する地域」についての調査の相談があった。3年前に同大学で講演をした経緯がある。日、英、独の事例を調査・比較する研究。長野の事例を中心に協力しよう!ところで、今回の大災害に対する官邸の危機管理対応を見て、米国にある大災害時のプロアクティブと呼ばれる行動原理を思い出した。(1)疑わしい時には行動せよ、(2)最悪事態を想定して行動せよ、(3)空振りは許されるが見逃しは許されない、というもの(「高めよ!防災力」51p)。米国ではトップは普段からこれを頭にたたき込んでおくべきとされる。果たして官邸の行動はこの原則に照らしてどうであったか。アメリカは事故が起こった瞬間から分析してすぐに日本政府(菅直人首相)にホットラインでオバマ大統領が「すぐに福島原発6基全てに冷却材を入れろ。冷却材は米国が手配してある。」と要請(アメリカCBS)。それを「自国で出来るから。」と断った日本政府。原発への注水を巡る間違った危うい政治主導の虚構も残念な事態。
  • 3月27日
    午前中、松本市内の支援者からポスターを建てるように依頼があり、幾つか建てる。善は急げ。その後松本市議会議員立候補予定者の事務所を順次訪問。安曇野市内の農村部では苗代作りが始まっている。農家の方々は、「普段通りに農作業を開始できる幸せ」を噛みしめておられる。夕方から、定例番組として開始したustream番組「むたい俊介アワー」で、安曇野市内で精力的に地域活性化の活動をされているNPO法人信州ふるさとづくり応援団理事長の等々力秀和氏をお呼びして、「日常の地域活動が非常時には災害対応にも役立つ」話をじっくりと伺う。
    写真:安曇野市内で始まった農作業の合間で 写真:「むたい俊介アワー」でNPO理事長の等々力秀和氏と
  • 3月26日
    早朝、安曇野市豊科の早起き会に参加。早起き会の話題は、勿論「大震災」。安曇野市でも風評が伝わり、東京が大変だという話になっていることを知る。午前中から午後にかけ、4名の松本市議会議員立候補予定者の事務所開きに顔を出す。安曇野市の穂高神社参集殿にて文化団体の懇談会に参加の後、松本市波田地区、梓川地区で開催された萩原清県議の決起集会に顔を出す。小坂憲次自民党参議院幹事長も駆けつける。小坂参議院議員からは、野菜や水の摂取制限は放射線汚染に対する政府の過剰反応が引き起こした過剰反応の結果であるとの認識が示される。政府自らの対応が風評被害を広げている、との見方。私からは、「最少不幸社会を目指してる政権が、我が国は遭遇した最大級の危機に臨み、危機管理のマネージメントに失敗し最大不幸社会をもたらしつつある」ことの懸念を申し上げる。
    写真:松本市議立候補予定者の事務所開きにて1 写真:松本市議立候補予定者の事務所開きにて2
    写真:萩原清県議の松本市波田地区での集会にて 写真:萩原清県議の松本市梓川地区での集会にて
  • 3月25日
    3月下旬とは思えない寒い一日。午前中事務所で当面の活動の打ち合わせ。その後、友人の親御さんの葬儀に参列。昼から松本市内を災害義援金募集に廻る。もう何度も寄付をした方ばかりにもかかわらず、快く対応をしていただける。途中で市内の工業団地にある超小型ヘリの技術を持つ会社を訪問。有人ヘリ、無人ヘリを飛ばすことで、津波で陸路が遮断され孤立した集落の調査、被災原発の無人ヘリによる調査が十分可能。政府でも早期に民間にあるこうした技術を実用に移す研究を早急に開始すべき。技術はあるけれど、需要調査が出来ないで会社も切歯扼腕。是非共同研究を早期に! 夕方、知人と市内で懇談。
  • 3月24日
    午前中から午後にかけ、都内の企業訪問。気のせいか、外国人の姿をほとんど見かけない。昼の銀座も閑散。企業関係者も、このままで日本経済がどうなってしまうのか危惧する声が大きい。政権の危機管理機能のキャパが非常に小さいことを深刻に危惧する意見が非常に強い。銀座の交差点で、今回の人事異動でチェコ大使として赴任する国方俊男氏とばったり出会う。外務省出向時の同僚。ところで、インターネットを通じて、災害対応について様々な有用な情報が集約されつつある。有志の公務員の皆さんで作っているサイトで、日々更新され信頼性の高い情報サイトとして認識されている「みんなでつくる震災被災者支援情報サイト」を知人から紹介された。行方不明者がこのサイトで安否確認が行われた事例もある由。日本がSPEEDIという緊急時迅速放射能影響予想の公表を渋っている間に、ドイツ気象庁が放射性物質の拡散予報を出している。外国人はこのサイトを見て避難しているのかもしれないとすら思えてくる。一方で、内外の素粒子物理学の科学者が「福島原発の放射能を理解する」スライドを作成。「国のお金で物理を研究させてもらっている我々が、持っている知識を周りの人々に伝えるべき時」との意識からの発信。また、過日「災害対応予備役制度」について言及したところ、FEMAの元職員のボスナー氏からメールが届いた。FEMAには「disaster reservists」という非常時に訓練を受けたベテランが 大量に招集され災害現場に赴くシステムがあるとの指摘。人手不足による非常時のボトルネック解消が何としても必要。
    写真:閑散とする昼下がりの銀座 写真:
  • 3月23日
    午前中、震災対応を行っている霞が関界隈を訪問。昼に役所同期の昼食会に参加。4月1日の異動で各地域に赴任する同期も集まる。異動の最後の最後まで震災対応。引越しの準備は大丈夫なのだろうか。昼過ぎに総務省消防庁の危機管理センターを覗く。長官をはじめ緊張の災害対応。午後、大学で年度初めの授業開始に向けての準備。夕方、弟と夕食を共にする。
  • 3月22日
    午前中、メルマガ原稿を作成。また、先週地元の皆様にお願いした義援金を振り込む。一週間で21万円超が集まる。東北地方への義援金と長野県栄村への義援金とに分けて払い込む。引き続き募金を継続していくつもり。午後、松本市の郊外に赴く。夕方、農林年金受給者連盟の皆様の会合で挨拶。「年金は世代間の助け合い。今回の災害も国民相互の助け合いで乗り切らなければなりません。復興財源の議論も皆でしましょう」と申し上げる。夜、上京。新宿が暗い。駅のエスカレーターも停止。若い人が非常にまじめな議論をしている雰囲気を感じる。見るからに世の中が大きく変わった。
    写真:安曇野農林年金受給者連盟の会合で挨拶 写真:安曇野農林年金受給者連盟の皆様と記念写真
  • 3月21日
    午前中、「今後の防災体制」についてのメルマガを発出。各地域の被災地支援の状況を調べる。全国民が自分に何ができるかを考え始めている。私の元職場の総務省も、持てる人的ネットワークを駆使して最大限の対応をしつつある。私も今の自分の立場でできることを地道に遂行しなければならない。米国人の友人を通じ米国小売企業からの物資提供の申し出を受け、国内の受け皿を探す。輸送問題などがネックでなかなか見つからないボトルネック。午後、松本市内の郊外の地区を義援金募集で廻る。公民館にお集まりの皆さまに、被災者に対する支援を要請する。夕方、松本市議会議員立候補予定者の励ます会で激励の挨拶。ここでも話は被災者支援。統一地方選挙の争点が様変わり。
    写真:松本市郊外の公民館にて被災者支援のお願い 写真:松本市議会議員立候補予定者の励ます会にて挨拶
  • 3月20日
    午前中、松本市内の宗教団体の定例祭に参加。病気や災害など様々な災いを溜まりに溜まった精神の汚れの一種の浄化作用と考える思想を持つ団体。信者の皆さんにとって、今回の歴史的災害が日本を襲った意味を深く考えざるを得ない機会となる。午後、松本市の郊外を地元選出県議と廻る。途中で農家の方と災害と農業について議論。また、公民館で地区の皆様にご挨拶。夕方、定例ustream中継。今回は、「松本の商店街から見た被災地支援の在り方」と題して中町の水城漬物店の御主人と会話。突然のお願いに快く応じて頂く。
    写真:松本市内の農家の方と農機具用エンジンの前で懇談 写真:
    写真:松本市内の水城漬物店の御主人とustream中継による対話 写真:
  • 3月19日
    朝から南に乗り、山形村方面からの畑の土ぼこりが酷い。上空が土色に変色している。春先の風物詩とは言え、対応を考えなくてはならない。午前中、現職松本市議会議員の事務所開きで挨拶。その後、松本市内の後援者に震災義援金の要請に廻る。政府の災害対応に関する批判が激しい。一言でいえば、「兵力の逐次投入」という批判。原子力災害に対する東京消防庁の機能の投入が遅すぎる。スーパーポンパーを何故もっと早く投入しなかったのか。冷却時間を大きくロス。スーパーポンパー投入には私も働きかけを行った。
    写真:スーパーポンパーの車 写真:松本市議会議員の事務所開きであいさつ
  • 3月18日
    午前中、事務所で震災義援金を募るメルマガを書く。多くの皆さんが二重三重に募金の応じてくれる姿が清々しい。午後、松本市内を義援金募集に巡る。途中、複数の御宅で、息子や娘の縁談の斡旋を頼まれる。大災害の現実を見て家族に子孫を残す気持ちが芽生えたか。ところで、政府の巨大災害対応を見ていると、政府内の各省庁が全体的に機能不全を起こしているような思いを抱く。全国知事会が被災者支援で政府の機能を代替しているのも極めて異例。政治主導で官邸からの指示待ちの姿勢に大きな機能不全の原因があるのではないかと推察する。また、政府・自治体に災害対応要員が足りているのか、大いに疑問。不眠不休、などという前近代的な実態を改め、災害予備役制度などにより防災経験者などを災害支援部隊に組み入れ、万全の体制を構築すべきだと考える。事業仕分けで災害対応予算すらも大幅削減することが政府の役割ではないはず。切歯扼腕している防災行政OBは多い。夜、災害発生1週間を経ての菅総理の国民向けのメッセージを聞く。何のための演説か意味不明。「長い」、「くどい」、「無内容」。自己陶酔の極致。
  • 3月17日
    午前中、介護施設入所の父親を車で戸外に連れ出す。昔馴染みの地区を廻る。次第に衰える親と伴に時間を共有できることはひょっとしたら幸せかも知れない。午後、安曇野市内を義捐金募集で廻る。穂高神社の春の風物詩「奉射祭(おびしゃ)」に参加。「邪鬼を射り、悪魔を追い払う」神事。大震災を経験し真剣に参加すべき神事。直会で参加された皆さまから義捐金の厚志を賜る。夕方、池田町の定例の無尽会合。ここでも参加者から義捐金を賜る。
    写真:穂高神社の春の風物詩「奉射祭」 写真:穂高神社の神事、「胡蝶の舞」
    写真:穂高神社の氏子の皆さまとの記念写真 写真:
  • 3月16日
    朝までに、大学ゼミ生23名の安否確認を終了。大学当局に連絡。その後、昨日に引き続き、被災地義捐金募集に行脚。昨日は僅かの間に9万円近くの浄財が集まる。皆さんの同情の気持ちに満ちている。こども手当や高速道路無償化に拘る人は既にいない。政策の優先度について、今こそ与党は、得意の「仕分け」が必要。自民党石破政調会長が政府に対する当面の対策申し入れを行った。「震災担当特命大臣の任命」「官邸機能を原発対策と津波・震災対策とに分け、指揮命令系統を二つにする」「官房長官発表の際に、専門家の補佐を置く」、など。建設的な提言。米国からは第7艦隊空母ロナルド・レーガンが被災地支援に出動。我が国にも、空母を改造した大災害対応大型病院船を太平洋と日本海に二隻ずつ配備すべしとの議論が阪神大震災の後あったことを思い出す。経費増こうを理由にボツ。実現していれば効果的な被災地支援が出来たものを、と慙愧の念。陸路も課題。例えば、松本空港から空路で被災地にチャーター便を飛ばし、消防・警察、災害ボランティアなどリレー方式で派遣する支援策を検討すべきではないか、とも考える。
    写真:米国第七艦隊空母「ロナルド・レーガン」の雄姿 写真:
  • 3月15日
    早朝からラジオで震災情報を得る。自民党本部からの指示もあり、地震津波災害の義捐金募金の活動を行う。松本市内の支援者を訪問し、義捐金を募るも、拒否する人は一人もいない。夕方、会計士事務所の確定申告打ち上げの会に顔を出し、その後松本市内の定例会合に顔を出す。その会で募金を募り、ここでも異論なく厚志を得る。
  • 3月14日
    早朝からラジオで震災情報を得る。午前中、松本市議選立候補予定者の事務所開きに顔を出す。その後、事務所開きに顔を出せなかった市議選候補者の事務所を訪問して廻る。東北の大災害の中で、遠く離れた松本でも各自の政治活動の在り方に惑っている候補者が多い。午後、松本市の建設事業者の総会で、「日本の防災・危機管理の現状と災害対応」について講演。災害対応を支える政府・自治体の制度的背景についても解説。夕方、大町市内の定例会合に顔を出した後、また松本市内の市議選候補者の事務所開きに顔を出す。その間、東京の知り合いの経済人からメールが入る。「現政権はリーダーシップの欠如を天下に晒した。官房長官に全てを任すスタンスは全く自覚がない。国民皆が呆れている。危機管理ができない子供内閣は一刻も早く換えるべき」と。
    写真:松本市議選の事務所開きにて挨拶 写真:松本市内の防災講習会の講師を務める
  • 3月13日
    早朝からラジオで震災情報を得る。車で移動中も同様。午前中、松本市内の宗教団体の月例際に顔を出す。ここでも話題は大震災。その足で、東筑摩郡選出の清澤英男県議の事務所開きに顔を出す。「普通に生活できている幸せを噛みしめる必要がある。その立場に立って被災地に全面支援を」と挨拶。清澤県議は、「こども手当などのバラマキ支給を停止し、その分を被災地支援に回すべき」と挨拶。大賛成。清澤県議は自民党公認にも拘らず、民主党現職衆議院議員が駆け付けて挨拶したのにはびっくり。安曇野市内の支援者を訪問の後、安曇野市三郷にて支援者とのミニ集会。「震災による政治休戦で解散総選挙は遠のいた。今は被災者救出、復興支援の在り方に全力を傾注する時。TPPの議論も遠のいた」と述べる。夕方、ustreamを活用したインターネット定時放送の打ち合わせ。試験放映(大震災の募金活動〜松本の高校生に聞く)を行う。偶々スタジオ前の通りで震災募金を行っていた地元女子高生諸君をスタジオに招き、被災地の皆さまに応援のメッセージを発する。若い人も含めて日本人の意識が引き締まった感じがする。
    写真:清澤県議の事務所開きにて挨拶 写真:安曇野市三郷でのミニ集会
    写真:インターネット定時放送の試験放映の模様 写真:ustreamで地元女子高生にインタビュー
  • 3月12日
    午前、大震災の模様をマスコミ情報で追う。この災害の復興には膨大な国民負担が求められる。困った時の助け合いの覚悟が必要。原子力発電の在り方も問われる問題に発展。産業立地の脆弱性が明らかになり、国土構造の在り方も含めて我が国の新たな国づくりのきっかけになる可能性も孕むものと認識。午後、松本市議会議員の事務所開きに顔を出す。その後、大町市美麻地区の後援会発会式に出向く。60名以上の参加者を得て盛会。中山間地域振興に向けての私の考え方を申し上げる。夕方、松本市内で民芸協会の総会に参加。この協会の考え方も、地元の古来のものを大事にする思想。
    写真:松本市議会議員の事務所開きにて挨拶 写真:大町市美麻地区の後援会総会にて
  • 3月11日
    早朝、松本駅前、渚一丁目交差点にて街頭演説。その足で大坂に向かう。大阪市内の企業のCEOと対面。地域経済を元気にする貢献の在り方について議論。大阪から松本に帰る途中の新幹線の中で、東北地方に大きな被害を与えた巨大地震に遭遇。東海道新幹線は途中で立ち往生。辛うじて名古屋まで運行したものの、名古屋から松本に向かう特急「しなの」が突然運休。高速バスが運行しているかもしれないと考え、名古屋駅の近鉄バスの高速バス売り場に駆けつける。早い時間のバスは既に満杯。2時間後に発つバスの最後の一枚を確保。「帰宅難民」にならずに済む。バスの待合所で松本商工会議所の胡桃沢専務理事と遭遇。東京の家族の安否を確かめようとするも携帯電話は繋がらず。名古屋駅の固定電話を見つけ、財布にあった長い間使ってなかった「テレフォンカード」を持ち出し活用。家族全員が無事でおり東京代々木のマンションも大きな被害の無いことを一応確認。インターネットはEMOBILEが繋がり、メールのやり取りが可能なことを確認。ツイッターを使い、松本の事務所職員と連絡が出来た。夕方からの日程変更を会合予定の相手方に伝えることが出来た。列車のシステムは巨大システムで全体が繋がっており、1つのダメージで全体が機能不全になる。バスは、各個が独立で機動性があり、災害時の交通手段として「強い」ことを理解。大きなシステムの元で動く仕組みは、皮肉なことに大きな災害に弱い。ドコモ、AUとソフトバンクのシステムの災害脆弱性の差も明らかになった。前者は比較的よく耐えた。後者は脆弱そのもの。インフラ整備に金をかけているのといないとの差異か。システムは常に複数ルートを確保しておかなければならない。平時の経済効率性のみでものを考えると、非常時に手痛い打撃を受ける。東海道新幹線もいずれ確実に到来する東海地震、東南海地震に備え、複数ルートの確保が重要。その場合、リニア新幹線も、東海地震の震源域に近く大断層の山脈に長大トンネルを貫通させるCルートではなく、明りの部分が多いBルートの方が、大規模災害時に強いものと思われる。普段僅か7分の差異の為に効率性のみの判断を下すことは国家百年の判断ミスになり得る。大きな決断の際には、非常時を想定した国家的観点からの政治的判断も必要。深夜、松本インターの停車場に到着。何処に行ったらよいか迷っているバスの乗客2人を、私の事務所の車に乗せ、駅まで送る。感謝される。安曇野市の自宅に戻り、テレビで津波の被害を見るにつけ、災害列島日本の現実を再認識する。「コンクリートから人へ」などという世迷言で世間を惑わせた政治の浅薄さを感じる。
  • 3月10日
    午前、松本市内の地区訪問。途中、県民ホールで開催の水墨画展に顔を出す。知人の出展者と記念写真。同期からの連絡で高校同期の訃報に接する。同級生同士で結婚した夫婦の悲しい別離。ご冥福をお祈りする。
    写真:水墨画展にて出展者と記念写真 写真:
  • 3月9日
    午前、渋谷で米国危機管理庁(FEMA)の元危機管理専門家のボスナー氏と待ち合わせ、神奈川大学に向かう。「米国の危機管理の現状と日本の防災体制」の演題による90分の講演。「ホシノテレビ」主催者の星野つよし氏のご協力によるustreamを活用した実況中継。アーカイブで動画を保存。大学としても初めての実況公開講座の試み。70名の参加者で教室は満席。政府の内閣官房安全保障・危機管理室の職員も傍聴。その後、高速道路を使い松本にボスナー氏をお連れし、同趣旨の講演会。こちらは60名の参加者。同じく、ustreamで実況中継。その後ボスナー氏を囲んでの懇親会。
    写真:神奈川大学での元FEMA職員の講演会の模様 写真:松本市での元FEMA職員の講演会の模様
    写真:元FEMA職員のボスナー氏との記念写真 写真:
  • 3月8日
    早朝、松本市内深志二丁目交差点、国府町交差点、伊勢町交差点、神明町交差点にて街頭演説。その足で上京。自民党本部に伺った後、夕方、麹町にて政治資金パーティー。約250名の参加者を得、麻生元総理、石破政調会長、菅元総務大臣、片山元総務大臣、小坂自民党参議院幹事長他のご参列の元に盛会のパーティー。97歳の奥野元文部大臣にもお越しいただく。多くの皆様のご厚意により活動が支えられている思いを深くする。ただただ感謝の一言に尽きる。
    写真:パーティーで麻生元総理から御挨拶を賜る 写真:壇上の発起人の皆さまと
  • 3月7日
    未明、牡丹雪の降る中、安曇野市豊科の早起き会に久しぶりに参加。早起き会で初めてお会いした若い方と意見交換。早朝、松本駅前にて街頭演説。午前中、ロンドンのロイズTSB銀行から日本への送金手続きに苦労して取り組む。外国送金には大きな制約があることを体験。昼過ぎに、安曇野市の地区訪問。三郷小倉のWWOOFホストの「おぐらやま農場」を営む松村暁生氏宅でWWOOFの実際を伺う。世界の若者の人生修業の場! 明日は東京で政治資金パーティー。パーティー案内状送付で大きなトラブル発生の可能性。気を引き締めていこう!
    写真:安曇野市三郷のWWOOFホストの松村氏宅で 写真:
  • 3月6日
    午前中、松本市内の井上デパートで開催されている生け花展に顔を出す。知人の奥様から誘われる。伺うと、親戚の方との邂逅。家元、会長を御紹介いただく。午後、二件の葬儀に参列。最初の葬儀では弔辞の中で難病に苦しんだ経緯を伺う。次の葬儀は高校・大学の先輩の松本大学学長の葬儀。交通事故での非業の死。人生は何が起こるか分からない。その一瞬一瞬をシッカリと生きるしかないと思う。夕方、松本市今町のスタジオでustreamを活用した画像ネット配信の開始について打ち合わせの後、深志二丁目交差点にて街頭演説。その後、知り合いの居酒屋で地元の若者と意見交換。
    写真:松本市内の生け花展にて知人と記念写真 写真:松本市内のスタジオで画像ネット配信の打ち合わせ
    写真:松本市内での街頭演説 写真:松本市内の居酒屋での「ミニ集会」
  • 3月5日
    早朝、松本市内の宗教団体の例会に顔を出す。午前中、大町市選出の諏訪県議の事務所開きに顔を出す。その後、松本市内の市議会議員候補の事務所開きに顔を出す。地域に根を張った地方議員の皆さまの後援会の密度の濃さを再認識。「うらやましい」の一言。昼に浅間温泉の山の会の昼食に顔を出す。午後、重大ミスが発覚。安曇野市選出の県議の必勝祈願式の時間が間違って伝わっており、式に出席できず。午後、その県議を事務所に訪問しお詫びに伺う。重要日程については電話での受け答えだけではなく書類のやり取りが必要なことを痛感。夕方、松本駅前にて街頭演説。土曜の夕方は普段の乗降客とは異なる皆様が駅前を歩いている印象。夕方、安曇野市内で知人と懇談。偶々隣の席にいたお客が古い知り合いで40年ぶりの再会。
    写真:大町市内で行われた諏訪県議の事務所開きにて 写真:松本市の地元市議の事務所開きにて
  • 3月4日
    早朝、松本市白板交差点、松本駅前にて街頭演説。午前から午後にかけ安曇野市内の地区訪問。途中訪問したお宅で地元の人間関係のレクを受ける。午後、親戚の葬儀に参列。知り合いの神官による神式の葬儀。夕方、再度松本駅前にて街頭演説。演説の中で、予備校生のネットカンニング事件に絡み、「カンニングという不正手段で試験の点数を上げ合格する行為と、マニフェストに誇大な内容を掲載し選挙民を欺き政権を獲得する行為と、図式は全く同じ。学生は合格を取り消され逮捕され、民主党政権は自らの政権獲得の正統性を主張する。結論が全く異なる不条理。せめて解散により民意を問う責任がある。」と訴える。夜、地元の病院長と懇談。
  • 3月3日
    午前中、都内の病院に知人を見舞う。昼から大学で卒業認定教授会。夕方、法学部の常勤・非常勤の教師の意見交換会。「当世学生気質」に関する最前線の声。学生が子供っぽくなっている、との共通認識。世代を超えた集団の中で揉まれる機会が少なく、自分中心の世界に慣れてしまっていることが最大の問題のように思われる。
  • 3月2日
    在京企業を訪問。昼に大学で所属委員会の会合。大学のインターネットテレビ設置を提案。夕方、知人と東京駅付近で懇談。
    写真:在京企業の工場案内を受ける 写真:
  • 3月1日
    上京し都内の支援企業巡り。霞が関にも立ち寄る。政治的混乱を心配する官僚の皆さんの浮かない表情。手の施しようがないとの諦めの様子。その足で国会議員会館に立ち寄る。新しくなった機能的な議員会館が国会議員の質を体現しているのかと、ふと思う。

過去の活動報告

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