自由民主党

衆議院議員 むたい俊介オフィシャルサイト 長野2区 自民党
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理念・政策・メッセージ

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2025.08.12

「40年前に遭遇した日航123便墜落事故に対する疑念」
〜何故ボーイング社が責任を問われないのか〜


 1985年8月12日に群馬県御巣鷹の尾根で発生した日本航空123便墜落事故から40年が経過しました。520名が犠牲となった日本史上最悪の航空事故です。


 実は、私はその年の4月、旧自治省から群馬県庁に課長として赴任し、その日は、許婚者と共に前橋市から松本市に車でお盆の帰省途中でした。丸子町辺りに差し掛かった際にラジオのニュースで日航機の機影がレーダーから消えたとの情報に接し、長野県側の墜落か群馬県側の墜落か不明であるという内容でした。


 その後の事故対応はご案内の通りです。私どもも、地元の県当局として市町村の協力を得ながら、遺体安置などの対応をした記憶が蘇ります。


 実は、事故後28年を経た時点で、山の日議員連盟において山の日を国民の祝日に設定する議論の際に、お盆直前の8月12日の設定が当初の案として提示されていました。私も群馬県関係者の一員として御巣鷹の日のことも念頭にありましたが、事故後相当の年月が経過していることもあり、心配することはないとの意見もありましたが、群馬県選出の国会議員の皆様が、やはり遺族の思いを考えた場合に12日を祝日にすることには抵抗があるとの強い指摘があり、その前日の8月11日が祝日として設定されるに至った経緯があります。


 そうした思い出を反芻する中で、私には事故後、一つどうしても心に引っかかっていた疑念がありました。それは、日航機の事故原因は、ボーイング社による圧力隔壁の修理ミスとされており、1978年の「しりもち事故」後の不適切な修理が致命的な破損を引き起こしたことが解明されているにもかかわらず、驚くべきことに、ボーイング社はこの事故に関して訴追受けず、賠償も行っていないという事実です。


 日本航空は、事故原因がボーイング社の修理ミスであることを認識していたにもかかわらず、訴訟を起こしませんでした。日本航空は、この事故をきっかけに社運が傾き、倒産の憂き目にあったにもかかわらず、事故の原因者のボーイング社には何の訴求も行っていないのです。


 その背景には、当時の中曽根政権による日米関係への配慮があったとされる観測もあります。遺族団体「8・12連絡会」は、JAL・ボーイング・運輸省幹部らに対して告訴・告発を行いましたが、ボーイング社は法的責任を問われることなく今日に至っています。不思議なことに、世論や報道は「JALが修理ミスを見逃した」として、JAL側の責任を強調するばかりで、ボーイング社の責任の追及は曖昧のまま推移したとの印象です。結果として、刑事責任はJAL社員に限定され、520名もの死者に対する本来の責任者のボーイング社は訴追を免れました。


 事故後、40年が経過し、様々な政治的事情の配慮に拘泥しなくても良い時期になった今日、こうした異様な責任の所在に関する検証もしっかりとなされるべきです。特に、トランプ大統領が対日関税で理不尽な圧力を日本にかけている中で、日航ジャンボ機事故の責任追及と同じような腰の引けた対応を意義なくされている政府の姿勢に義憤を感じるのは私だけではないと思います。


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