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活動報告 令和8(2026)年

活動報告動画はこちら 連続ミニ集会の模様はこちら

  • 8月19日
    早朝、スーの散歩。午前中、母校の松本深高校に電子書籍「マイ・ストーリー;鈍感(力?)人生の記録」のペーパーバック2冊を寄贈。高校の図書館に置いて頂けることに。半世紀以上前のほろ苦い青春時代が甦る。午後、安曇野市の自宅で生坂村の脱炭素事業に係る電子書籍の?を行いつつ、次の電子書籍の出版に備える。次は、我が家の愛犬を取り上げようかなあ。
    写真:母校に電子書籍を寄贈 写真:母校に電子書籍を寄贈
  • 8月18日
    前日に引き続き、茨城県高萩市、常陸大宮市、大子町、茨城県庁を訪問し、新たな脱炭素ソリューションについて意見交換。常陸大宮市の鈴木定幸市長は事務方に当方の提案の検討指示、大子町の高梨哲彦町長は有休資産の有効活用に問題意識。大子町の木造庁舎が素晴らしい。夕方、水戸駅→東京駅→新宿駅→松本駅のルートで地元に戻る。
    写真:高萩市を訪問 写真:常陸大宮市を訪問
    写真:大子町を訪問 写真:大子町の木造庁舎が素晴らしい
  • 8月17日
    早朝、東京駅からレンタカーを借り、茨城県日立市、茨城町、那珂市を訪問。茨城町小林宣夫町長とは租税債権管理機構の話で盛り上がる。日立市で宿泊。
    写真:日立市を訪問 写真:茨城町を訪問
    写真:那珂市を訪問 
  • 8月16日
    早朝、スーの散歩。昼過ぎに、安曇市の自宅の仏壇から亡き両親の御霊をお墓に送る。午後、『小さな村の大きな挑戦:生坂村脱炭素事業 挑戦と伴走の記録』を電子書籍として出版した旨を関係方面に伝える。生坂村が村を挙げて進める環境省のモデル事業である脱炭素先行事業の取り組みの模様について、私が環境副大臣時代に藤澤村長にお勧めして採択され、その実現に向けた村の艱難辛苦を、生坂村の地域活性化起業人として伴走支援している立場で、伴走記録としてまとめたもの。本の中では藤澤村長の肉声が記されている。1ヶ月程前に、私自身の半生記を、やはり電子書籍の『マイ・ストーリー;鈍感(力?)人生の記録』として出版する中で、現在は、生坂村の脱炭素事業を支援している旨を記している。その意味では、今回の出版は、私の人生行路の各論を皆様に紹介する結果となっている。これからも、自分自身の人生の営みを、書籍として世に問う作業を進めて参る所存。夕方、上京。
    写真:スーの散歩 
  • 8月15日
    早朝、スーの散歩。終戦の日の午前中、長野県護国神社を参拝。テレビでは全国戦没者追悼式の模様を見る。このようなタイミングで、あからさまな挑発行為を行う隣国首脳の脳の構造を疑う。午後、安曇野市の自宅で電子書籍「小さな村の大きな挑戦」の出版手続きを完了。明日から販売開始。
    写真:リンゴ畑のスー 写真:護国神社に終戦の日の参拝
    写真:全国戦没者追悼式の模様 写真:新刊電子書籍の出版手続き完了
  • 8月14日
    早朝、スーの散歩。午前中、長野市大岡で開催の三千石祭に参加。懐かしい山村留学関係者とも再会。午後、安曇野市の自宅を片づけをしつつ、仏壇に戻っている亡き両親と共に過ごす。夕方、妻と娘と安曇野市内で外食。
    写真:三千石祭りにて 写真:三千石祭りにて
    写真:三千石祭りにて 
  • 8月13日
    早朝、スーの散歩。昼、迎え盆の帰りに本家に寄る。従兄と全て本家で作った農産物で贅沢な昼食。200年前にこの屋敷に逗留していた槍ヶ岳開山の播隆上人の揮毫が徳本上人のそれと並んで床の間にあることは歴史の重みを感じる。午後、安曇野市の自宅で家に戻った両親の霊と過ごす。夕方、松川村の草間宅で、年に1度の恒例の焼肉談話の会。妻と娘も参加。
    写真:迎え盆の帰りに本家に寄る 写真:播隆上人の揮毫
    写真:徳本上人の揮毫 写真:安曇野市三郷の本家は専業農家
    写真:松川村知人宅で恒例焼き肉会 
  • 8月12日
    午前中、安曇野市の自宅の耐震化工事が終了。取り仕切った建築士の方から完了の説明を受ける。メリハリのある仕切りに感銘を受ける。耐震診断から一貫して対応して頂く。午後、生坂村役場で脱炭素の進行確認の打合せに陪席。村が用意した資料の意味の明確化を指摘。その後、村長室で電子書籍出版の打合せ。生坂村から自宅に戻った後、生坂村から受領の電子データをジャカルタ在住の編集者に送り、編成についてのリモート打ち合わせ。8月中の出版を目指す。前日の高山市で開催の「山の日」全国記念式典の感想を文章にする。
    写真:耐震化工事を終えた自宅 
  • 8月11日
    第10回山の日記念全国大会が岐阜県高山市で開催され、全国山の日協議会副会長の立場で主催者の一人として参加。政策提言まで行う記念大会の内容の充実ぶりに目を見張る。山の資源に注目しエネルギー自立を目指す江崎禎英岐阜県知事の意気込みと具体的処方箋(バイオコークス)は現実味を覚える。山が適切に間伐されていれば山火事は広がらないとの林業家としての江崎知事の認識も新鮮。高校登山部出身の田中明高山市長の「山に登る人に悪人はいない」との伝承は同感。谷垣禎一全国山の日協議会会長のビデオメッセージも恒例。衛藤征士郎元代議士、小渕優子山の日議連会長、青山繁晴環境副大臣も激励挨拶。飛騨高山高校の生徒による針葉樹広葉樹の混淆林造成の取り組み、「モリアゲ」の長野麻子さんの「一社一山」運動、「木こりカーちゃん」こと三宅佳奈恵さんの森林再生の取り組み、「飛騨の森でクマは踊る」の林千晶さんのデザイナー的感覚での林業再生の取り組み、高山に大学「Co-Innovation University(CoIU)」を作った若手実業家井上博成さんの気宇壮大な取り組みも、山と森林の可能性を曳き出す考えるヒントとなる。会場には、橋本岳代議士、登山家の今井通子さん、上高地関係者も参加。今となっては、「山の日」の制定が自分自身の原点回帰の起点となっている思い。夕方、松本に戻り、スーの散歩。
    写真:山の日記念式典の模様 写真:山の日記念式典の模様
    写真:山の日記念式典の模様 写真:山の日記念式典の模様
    写真:記念式典の閉会式で挨拶 
  • 8月10日
    早朝、スーの散歩の後、アルプスを越えて高山市に向かう。第10回山の日記念式典前夜祭が高山市で開催されることから駆け付ける。高山市は、外国人環境客で大賑わい。ホテル代も高騰。全国山の日協議会副会長、大会実行委員会副会長として開会の挨拶をさせて頂く。初回以来全ての記念式典に出席してきたことが自身の誇りになっている現在の心境を申し上げる。江崎岐阜県知事、田中高山市長が心づくしの歓待。来年の開催地、高松市の大西市長も駆け付ける。大西市長は、昔、岐阜県庁勤務経験があり、当時を懐かしむ話も。山の日記念という切り口で、様々な思いが交錯。毎年ご参加の登山家の今井通子先生にもご挨拶。再来年の開催地、福島県からも大勢の参加者。
    写真:山の日記念式典前夜祭にて 写真:山の日記念式典前夜祭にて
    写真:山の日記念式典前夜祭にて 写真:山の日記念式典前夜祭にて
    写真:式典前夜祭で挨拶 写真:式典前夜祭で挨拶
    写真:福島県からの参加者と 
  • 8月9日
    早朝、スーと蓮田を散歩。午前中、松本市内の宗教団体の例会で熊本地震の状況を報告。午後、安曇野市の自宅の耐震化工事の状況を妻と確認。夕方、明科の知人宅を訪問。長崎原爆投下の式典の模様を見る。「平和の原点は相手の痛みが分かること」との長崎市長の言葉が心に刺さる。プーチン大統領、トランプ大統領にそのまま繋げたい。
    写真:スーと蓮田を散歩 写真:蓮の花
    写真:落ち着いたスー 
  • 8月8日
    午前中、代々木の自宅の排水管の高圧洗浄に立ち会う。その足で新宿から松本に戻る。特急あずさは満席。午後、安曇野市の自宅の耐震化工事の進捗状況を確認。お盆前には完成する見込み。その後、スーに連れられて安曇野市役所で、県知事選挙の期日前投票を行う。一つ一つのことを着実に前に進めている実感。
    写真:スーに連れられて期日前投票 写真:スーの散歩
    写真:スーの散歩 
  • 8月7日
    午前、坂東市、桜川市を、午後、古河市、結城市を訪問し、脱炭素事業の新しいソリューションを提案。桜川市の大塚秀喜市長は身を乗り出して興味津々。夕方、防災関係の友人と東京駅で懇談。
    写真:大塚桜川市長を訪問 写真:防災関係の友人と懇談
  • 8月6日
    早朝、代々木の自宅で広島平和記念式典の模様を見る。米国の原爆投下から81年。今、最も参加が必要だと見られている中国ロシアの代表は不参加。これらの国に被爆地の声は届くのか。午前中、内閣府防災担当の大塚審議官を訪問し、熊本地震対応の手法について意見交換。私が採用担当で関わった青年が年月を経て審議官になって防災対策を議論できることに感慨無量。昼に、ウクライナ大使館のロマン公使参事官、マルコウ書記官を訪ね、トレーラーハウスのウクライナ投入について公的支援を受けて行う準備をしている旨報告。午後、茨城県の筑西市、常総市、石岡市を訪問し、脱炭素の新たな手法の提案。この日は守谷市に宿泊。
    写真:広島平和記念式典の模様 写真:内閣府防災担当審議官を訪問
    写真:ウクライナ大使館を訪問 
  • 8月5日
    早朝、スーの散歩。午前中、青木村北村村長を、午後、朝日村小林村長を訪問し、地域活性化の処方箋について意見交換。役場内で熊対応のポスターに目が向く。クマへの穏当な注意喚起に安心。「豊かな自然を象徴するクマ」との位置付けは妥当。その後上京し、夕方、大学同級の仲間と懇談。
    写真:青木村北村村長と意見交換 写真:朝日村小林村長と意見交換
    写真:役場で見かけた熊ポスター 写真:役場で見かけた熊ポスター
  • 8月4日
    早朝、スーの散歩。午前中から、安曇野市の自宅の耐震化工事が開始。昭和38年に父親が建てた家をどうしたら有効活用できるかを思案中。熊本地震を直後だけに、耐震工事の必要性を実感。昼に、日本核シェルター協会の役員が集まり、わが国におけるシェルター整備の方向性について議論。私もリモート参加。午後、小川村染野村長を訪問し、中山間地域の活性化の処方箋を提示。夕方、自民党松本支部のOB会にお呼ばれし、苦労を共にした仲間と往時を懐かしむ。この場でも、熊本地震の現状と私なりの支援の内容を報告。ところで、この日、長野県の企業のシバウラ防災製作所が、氷川町の氷川竜北東小学校で学校プールの水を浄水器を通じて飲料水、生活用水として活用できる実証実験を行う。前日の竜北西小学校での取り組みに続く実証実験。東小は、プールと校舎が近いので消防ポンプは使わず。藻が発生するプールの水が飲めると知り校長もビックリ。
    写真:自宅の耐震化工事がスタート 写真:シェルター整備のリモート会議
    写真:シェルター整備のリモート会議 写真:染野小川村長を訪問
    写真:自問党松本支部OBの皆様と 写真:宇留賀市議と
  • 8月3日
    午前中、豊肥本線に乗り肥後大津駅から熊本駅に向かい、新幹線で熊本駅から博多駅に到着、そして福岡空港から松本空港に戻る。今日は、高市総理が熊本入りとの報道。すれ違いなるも、多くの共感を集める被災地の一刻も早い正常化を祈念しつつ地元に戻る。夕方、帰宅を待つ愛犬スーの散歩を滞りなく完了。この間、熊本入りの別のグループが、早速2台のトレーラーハウス設置(カンバーランド)、自然水利の飲料水転換装置(浄水器)の設置(シバウラ防災製作所)を完了。設置場所は氷川町。氷川町の氷川竜北西部小学校では学校当局の全面的な協力のもとに、学校プールの水を消防ポンプを使い、避難所となっている体育館前まで引き込み、そこで浄水器を通じて飲料水、生活用水として活用できる実証実験を行い、完全成功。非常時にも被災者の皆様に不自由なく水を使ってもらえるシステムの展開を期す。このシバウラ防災製作所のシステムは、今後ウクライナ支援にも活用される予定。
    写真:豊肥本線肥後大津駅から熊本駅に 写真:氷川町に長野県のTHが設置
    写真:プールの水を飲料水に転換 写真:プールの水を飲料水に転換
    写真:プールの水を飲料水に転換 写真:スーの散歩
  • 8月2日
    午前中、熊本県庁を訪問し、トレーラーハウスの投入、自然水利利活用の浄水器投入、蓄電池配備についての選択肢を説明。被災者重視、スピード重視、制度の弾力的運用をアドバイス。県庁の担当者からは、そうした捌きを行う人手不足の実情も伺う。午後、熊本県宇城市、氷川町、八代市を訪問。被災現場を実検した上で、小野泰輔八代市長に、トレーラーハウスの集中投入、自然水利利活用浄水器、蓄電池の配備を進言。氷川町では、自然水利を活用した浄化装置の実験を拝見。小野市長は、「役所の都合ではなく被災者の立場から対応を考える」と断言。その決意を受けて、対応が進む印象。
    写真:熊本県庁で被災者支援策の提案 写真:宇城市の農業被害の状況
    写真:氷川町の自衛隊支援 写真:八代市の被災状況
    写真:八代市の被災状況 写真:八代市の被災状況
  • 8月1日
    早朝、スーの散歩の後、松本空港からFDAに乗り福岡空港経由で熊本に向かう。被災地にトレーラーハウス、自然水利利活用型浄水器の投入の調整を予定。現地で志を共有する事業者の皆様と合流予定。日常→非常へのモードの転換。今夕の「松本ぼんぼん」は見らないのが残念。九州新幹線で熊本市に到着。新幹線の駅舎のエスカレーターの損傷が一部発生の他は目立った被害はない。熊本城も全体として変容はない。路面電車は普段通りの運行。熊本空港近くの半導体工場も落ち着いた状況。熊本市以南の状況は明日の訪問で判明。災害報道先行による観光客の減少が気になる。ホテルは復興支援要員で満員。全体として、日本の災害復元力が非常に高いことを実感。その事実が、報道されないことが残念。
    写真:スーの散歩 写真:松本空港にて
    写真:松本空港からFDAに乗る 写真:九州新幹線は稼働
    写真:熊本駅のエスカレーター損傷 写真:熊本城は大丈夫
    写真:路面電車は普段通りの稼働 写真:熊本の半導体工場は平穏

  • 7月31日
    早朝、スーの散歩。午前中、生坂村の脱炭素プロジェクトをドキュメンタリータッチで描く電子書籍の原稿を完成。8月中の電子書籍出版を目指す。午後、明日からの熊本県、八代市訪問の段取りを調整。大災害に際し、自分自身の立場で災害支援可能なことを追求。
    写真:スーの散歩の際に発見の蓮田 
  • 7月30日
    早朝、スーの散歩。午前中、生坂村役場で、生坂村の脱炭素の取り組みについての電子書籍出版に向けての打ち合わせ。午後、塩尻市役所に造園関係者をお連れし、百瀬市長に幼児教育における校庭の芝生化の展開についてレク。市長からは、維持管理費の工面についての問題意識が示される。夕方、在京の防災系事業者とカンボジアの消防団展開について意見交換。ところで、熊本地震へのWOTAの対応状況について前田社長から連絡が入る。熊本県と7月8日に災害時の広域支援に関する協定を締結した直後で、今回、木村知事からの速やかに正式要請を受け、全国の自治体等から水循環シャワー400台を集約する体制へ迅速に移行することができたとの嬉しい連絡。避難所内にはシャワーを待つ方々の列もできており、広い地域で衛生・入浴支援への強い需要があることを改めて実感との情報共有。我々としては、水道施設の被害も確認されるなか、浄水器を備えたトレーラーハウスの現地投入を想定。私も現地入りを企画。
    写真:在京防災系事業者と意見交換 
  • 7月29日
    早朝、スーの散歩。その足で上京。議員会館で原油調達の多角化について関係者間の意見交換。午後、地域振興系シンクタンクの関係者と意見交換。夕方、とんぼ返りで松本に戻る。
    写真:スーの早朝散歩 
  • 7月28日
    早朝、スーの散歩。午前から午後にかけて、カンボジアのシュムリアップ州警察消防局、州政府関係者と、同州における日本式消防団の導入と展開について、ZOOM会談。早稲田大学長谷見雄二先生の肝煎り。消防団の体系的な導入について私も意見。その後、10年前の熊本地震を想起させる度重なる熊本の地震が発生。私に出来ることを模索中。長野県内で待機トレーラーハウスの派遣を事業者に打診。前回の熊本地震時にも対応した記憶。ところで、生坂村の地域活性化企業人(副業型)に採用されて1年間が経過。どの程度お役に立てているか自分では分からないものの、努力はしているつもり。総務省のホームページでも紹介されている。
    写真:カンボジアとズーム会議 写真:カンボジアとズーム会議
    写真:生坂村活性化企業人として紹介 
  • 7月27日
    早朝、スーの散歩。地元防災系企業との月例朝食会に出席し、課題共有。昼に、カンボジアのシュムリアップ市を訪問中の早稲田大学長谷見雄二先生から、ズームにより同市に設立された消防団の放水訓練の模様の実況提供を受ける。シュムリアップの消防団も資器材の扱いに馴染んできた印象を受ける。急速に経済発展するカンボジアの安全安心を支える自主防災の営みを支援する地道な取り組み。明日もカンボジア政府側とのZOOM会議の予定。午後、代々木の自宅で小休止。夕方、茨城県人会に参加し、御無沙汰の皆様とお会いする。水戸徳川家当主の斉正氏にも挨拶。夜、松本にとんぼ返り。
    写真:カンボジアとズーム会議 写真:カンボジアとズーム会議
    写真:カンボジアとズーム会議 写真:茨城県人会に参加
  • 7月26日
    早朝、スーの散歩。午前中、安曇野市に自宅の草刈り。午後、四柱神社で開催の葛城奈海氏による「国を守るということ」の演題の講演を聞く。葛城氏は、国連女性差別撤廃員会で皇位継承に関する保守派の思いをしっかりと伝える行動をしてきた保守行動派。若い自分は、リベラル反戦教育の影響を受け「反自衛隊、反靖国神社、反天皇」だったのが、里山自然との触れ合い、日本の伝統価値を深く勉強する中で日本的価値の重要性に目覚め、今後に至る経緯を伺う。最近、保守思想を持つ女性が増えていることを感じる。夕方、この日2度目のスーの散歩。
    写真:スーの朝散歩 写真:松本城を散策
  • 7月25日
    早朝、30年前に自治省(現総務省)に入省した同期の皆様の記念会合に、当時の採用担当者としてお呼ばれ。30年間の充実の日々が皆の現在の表情に刻まれているとの印象。知事、市長が3人含まれているアクティブな期。30年間の思い出を皆で語り合う。夕方、地元に戻り、スーの散歩。
    写真:採用30周年の記念写真 写真:近況を語り合う
    写真:近況を語り合う 写真:近況を聞く同期の皆さん
    写真:懇親会にて 写真:勤務した職場の変遷
  • 7月24日
    早朝、スーの朝散歩。午前中から夕方にかけ、脱炭素推進の新しいソリューションについて、蜩c清二佐久市長、小園拓志御代田町長、小泉俊博小諸市長、花岡利夫東御市長、西澤透上田市環境部長、宮尾一彦千曲市総務部長、両角正芳立科町長を順次訪問。皆様、斬新なアイデアに高い関心。夕方、上京。
    写真:蜩c佐久市長を訪問 写真:小園御代田町長を訪問
    写真:小泉小諸市長を訪問 写真:花岡東御市長を訪問
    写真:西澤上田市環境部長を訪問 写真:宮尾千曲市総務部長を訪問
    写真:両角立科町長を訪問 
  • 7月23日
    早朝、スーの朝散歩。日中は、生坂村脱炭素事業の挑戦の記録を書籍にまとめる原稿作りに専念。夕方までにほぼ完成。ホームページに皇室典範の見直しに関する所見がアップされる。
  • 7月22日
    早朝、スーの朝散歩の後、松本市から香川県高松市に向かう。来年の「山の日」全国大会が香川県で開催されるに当たり、実行委員会に副会長として参加。山・里・海をモチーフに開催予定。今年は岐阜県高山市で開催。池田香川県知事、大西高松市長には開催地をお引き受け頂き感謝。夕方、とんぼ返りで松本市に戻る。スーが甘えてくれる。
    写真:山の日全国大会実行委員会にて 写真:10年前には槍ヶ岳に初登頂
    写真:瀬戸大橋を渡る 写真:スーが甘える 
  • 7月21日
    早朝、スーの朝散歩の後、自宅で一日過ごす。生坂村の脱炭素事業の取り組みを書籍にする原稿を完成。藤澤生坂村長の肉声を書籍に盛り込むべく奮闘。
  • 7月20日
    早朝、お誘いを受けて参加のズーム勉強会で、設立したばかりの合同会社「麻産業振興研究会」について短いプレゼン。スーの朝散歩の後、自宅で読書。午後は、海の日に因み、日本の祝日設定の特徴について論考を書く。夕方、新刊本の出版報告会を安曇野市の仲間で催行。この日、ペーパーバックも届く。
    写真:安曇野市の仲間と懇談 写真:ペーパーバック
  • 7月19日
    早朝、スーの朝散歩。日中は自宅で寛ぐ。このところ、自宅で過ごす時間が確保出来て体には楽。夕方、妻と外食。
  • 7月18日
    早朝、スーの朝散歩。午後、スーのトリミングの為に安曇野市内のペットショップにスーを連れて行く。3時間経過後のスーはスッキリと蘇る。私の散髪代の数倍の値段。ペット産業の隆盛を実感。最近の防災計画の見直しの議論でも、避難所とペットの関係について整理する動きを承知。大切なペットを残して家族だけが避難所には行けないとの思いをどうするか、防災行政の課題に浮上。自宅で過ごす間に、皇室典範の見直しに関する私の所見を執筆。
    写真:トリミングを終えたスー 写真:トリミングで疲れたスー
  • 7月17日
    早朝、スーの朝散歩。元の同僚の急逝を聞き、急遽上京し、東中野で催行された葬儀に駆け付ける。家族葬とのことで、記帳だけして辞去。昼に、松本出身のイベント系ベンチャー企業の創業者の話を聞く。午後、地元にとんぼ返り。夕方、妻と外食。とにかく蒸す一日。
  • 7月16日
    朝、抜糸直前のスーの散歩。午前中、安曇野市内の主治医に定期的な診断に参上。午後、自宅にある火縄銃の文化財鑑定を受けに松本合同庁舎に赴く。夕方、山形村役場関係者と山形村の活性化の方策について意見交換。
  • 7月15日
    午前中、代々木の居所で次の電子書籍出版に向けた構想を練る。昼前に、前日のシェルターフォーラムにご参加頂いたイスラエルのグローバル企業の関係者から、同社の最新システムについてご教示頂く。戦争を体験している国ならではの迫真の先端技術に瞠目。午後、都内の地域振興系コンサルで、中山間地振興の具体的取組の作戦会議。夕方、耐震性貯水槽の製造業界の皆様と意見交換。今後のシェルター整備についての動きについて関心が集まる。ところで、地元紙の朝刊で、私の新刊本「マイヒストリー」のご紹介を頂く。回顧録としての位置付けの一方で、若者へのメッセージを込めていることもご指摘頂く。
    写真:イスラエル企業と意見交換 写真:新刊本が記事で紹介
  • 7月14日
    午前中、代々木の居所で合同会社の受託事業に関連する作業を行う。午後、砂防会館でシュルターフォーラムが開催される。私もパネルディスカッションに参加し、自ら訪問したウクライナ、スイス、イスラエル、フィンランド、エストニアの取り組みと比較した日本の今後の進むべき進路について私見を述べる。古屋圭司シェルター議連会長、片山さつき幹事長も駆け付ける。財務相でもある片山氏の発言を陪席の政府関係者は必死にメモ取り。日本核シェルター協会の主催のフォーラムには、米国、イスラエル、エストニア、フィンランド、ボスニアヘルツェゴビナの関係者も参加。熱を感じる。夕方の懇親会も大盛況。
    写真:シェルターフォーラムに参加 写真:笹野内閣審議官が講演
    写真:片山さつき財務大臣が挨拶 写真:政府関係者が財務相発言をメモ
    写真:出席の海外関係者 写真:出席の海外関係者
    写真:建築家の知人も参加 
  • 7月13日
    早朝、怪我から回復のスーとの晴れての朝散歩。妻から待ちに待った散歩許可が下りる。その足で上京。生坂村の脱炭素事業の進捗状況を確認する会合にズーム参加。村民のこのプロジェクトの理解を促進することの課題についても共有。午後、木曽で消防纒を製作している漆器店の幹部を日本消防協会の沖山仁会長にお連れする。前会長の秋本敏文氏にご案内頂く光栄。その後、衆議院議員会館内で開催された茅葺き文化伝承議員連盟(山口俊一会長、坂本哲志幹事長、若林健太事務局長)の第7回総会にお誘いを受けて参加。日本茅葺き文化協会の安藤邦廣代表理事が講演。総会では、茅葺き文化伝承基本法の制定を目指すことを確認。元々この議員連盟を立ち上げに携わった私が議員連盟の顧問に就任。夕方、蒸す明治神宮を歩く。
    写真:怪我から回復のスーと散歩 写真:生坂村の脱炭素ズーム会合
    写真: 写真:茅葺き議連総会にて
    写真:茅葺き議連総会にて 写真:蒸す明治神宮の風情
    写真:蒸す明治神宮の風情 
  • 7月12日
    午前中、松本市内の宗教団体の例会に参加。昼前に、サイクリングイベント企画者と意見交換。夕方、地元紙記者から近著についての取材を受ける。その発刊したばかりの私のKindle本が7部門でベストセラーを獲得。ベストセラーマークも着く。
    ・モチベーションを高めるセルフヘルプの新着第1位
    ・モチベーションを高めるセルフヘルプの売れ筋第1位
    ・自己啓発の新着第1位
    ・地理・地域研究の新着第1位
    ・地理・地域研究の売れ筋第1位
    ・歴史・地理の新着第1位
    ・政治の新着第1位
    短期間の出来事なるも、嬉しい。応援してくれる皆様のお陰。私が副会長を務める「全国山の日協議会」のホームページでも出版を掲載告知。
    写真: 写真:
    写真: 写真:
  • 7月11日
    午前中、都内の税理士法人を訪問。午後、医療系べンチャー企業の若手起業家と意見交換。夕方、在京の長男夫婦関係者で古希のお祝いをして頂く。元気が出る! その足で地元に戻る。
    写真:若手起業家と意見交換 写真:孫も古希のお祝い
    写真:古希のお祝いを賜る 
  • 7月10日
    午前中から夕方にかけ、牛久市沼田和利市長、つくばみらい市小田川浩市長、鉾田市長峰正一環境経済部長、小美玉市島田幸三市長、行方市藤島忠夫副市長を訪問し、脱炭素戦略の新たなソリューションを紹介。前日からの二日間で霞ヶ浦をぐるりと回った感じ。平地が広大な茨城県であることを実感。
    写真:牛久市を訪問 写真:つくばみらい市長を訪問
    写真:鉾田市を訪問 写真:鉾田市はメロンで有名
    写真:小美玉市長を訪問 写真:行方市を訪問
  • 7月9日
    午前中から夕方にかけ、美浦村中島栄村長、土浦市安藤真理子市長、かすみがうら市宮嶋謙市長、守谷市松丸修久市長、取手市伊藤哲副市長を訪問し、脱炭素戦略の新たなソリューションを紹介。美浦村では中島村長直々のご案内で、旧鹿島海軍飛行隊跡地に設置された村直営の太陽光発電施設を訪問。ところで、7月8日に電子出版した『マイ・ストーリー;鈍感(力?)人生の記録』が、好調な滑り出し。出版を記念して、カテゴリー別ランキングで “一度だけ1位を狙う” 小さなチャレンジを企画。近日中に集中購入のお願いを想定。当日は特別価格 99円 に設定予定。「読んでみようかな」と思っていただけた方は、ぜひその日に手に取って頂けると嬉しい。
    写真:美浦村長を訪問 写真:土浦市長を訪問
    写真:かすみがうら市長を訪問 写真:守谷市長を訪問
    写真:取手市副市長を訪問 写真:美浦村の直営太陽光発電施設
    写真:マイ・ストーリー 
  • 7月8日
    午前中、合同会社 麻産業振興研究会の設立総会を日本教育会館で開催。私が代表理事。日本古来の麻の利活用を産業政策として位置付けることを意図。午後、日本ヘンプ協会の学術学習会に参加。
    写真:麻産業振興研究会の設立総会 
  • 7月7日
    松本市内の自宅で静かに過ごす。7月14日に予定されるシェルターシンポジウムのパネリストによるズーム打ち合わせ。夕方、上京。
    写真:シェルターシンポの打合せ 
  • 7月6日
    午前中、生坂村の地域防災計画の見直しに関し、松本大学の入江さやか教授と同村を訪問。藤沢村長、牛越副村長と村の防災対応の課題について意見交換。昼に、松本空港ロータリークラブの例会に参加。午後、近刊予定のキンドル本の出版登録作業を、プロの手助けを借りて行う。夜に無事登録作業が終了。
    写真:松本大学教授と生坂村を訪問 
  • 7月5日
    自宅でケガから回復途上のスーとゆっくり過ごす。前日の槍ヶ岳山荘創立100年を迎えた穗苅大輔社長の講演の模様を文章にまとめたり、先人の時事関係記事にじっくりと目を通す。近刊予定の私の活動の履歴を記した「マイ・ヒストリー」の原稿と表紙も完成。夕食は、妻の手作りのカレーライス。
  • 7月4日
    一日、ケガから回復途上のスーと過ごす。午後、本年で創立100年を迎える槍ヶ岳山荘の4代目穂苅大輔社長が、北アルプスの山小屋の歴史と今日的な課題について語る勉強会に参加。過日、徳本峠を一緒に越えた仲間。平地の制度を山小屋に杓子定規に適用する問題点、鹿の侵出、外国人登山者の増加など、課題山積。私からは、登山環境整備法案の必要性と法案に盛り込むべき内容について質問。夕方、妻が私の誕生日を祝ってくれる。
    写真:槍ヶ岳山荘の穂刈社長の話を聞く 写真:北アルプスの山小屋の課題を共有
    写真:穂苅社長と 写真:槍ヶ岳周辺に日本鹿が出没
  • 7月3日
    昼に日比谷で役所入省同期との昼食会に参加。午後、代々木のオリンピックセンターで開催のフィンランド・エストニアのシュエルター視察報告会に参加。沖縄から戻った直後の学習会は私の誕生日に開催。夕方、松本の自宅に戻ると、元気になったスーが迎えてくれる。実は4日前の散歩で、異物が脚に刺さり、跛行状態になったため、獣医師に診察してもらい、異物を摘出。沖縄出張中の心配事。エリザベスカラーは去勢手術以来。古希の誕生日に当たり、以下のメッセージを発出。「今日は、私の70回目の誕生日です。遂に古希という大台に乗ってしまいました。多くの皆様からお祝いのお言葉を賜り深く感謝申し上げます。皆様との縁があってこそ、私もこれまでやってこれたものと思っています。ありがとうございます。引き続きお付き合い賜りますようお願い申し上げます。なお、近々、これまでの来し方を振り返る「マイヒストリー」を出版予定です。折を見てお知らせさせて頂きます。」
    写真:シェルター視察報告会で発表 写真:シェルター視察報告会にて
    写真:報告会で誕生日を祝って頂く 写真:ケガをしたスーと再会
    写真:スーを苦しめた異物 
  • 7月2日
    早朝、那覇空港から宮古島空港に向かう。宮古島市を訪問し、脱炭素事業の新たな切り口を紹介しつつ、宮古島のレジリアンス強化の課題について意見交換。宮古島市は環境省の脱炭素先行地域に指定される中で、防災拠点の電源確保、大規模リゾートの非常時電源確保についても話題が展開。宮古島市内の「古謝そば屋」で昼食。古謝げんたさんのお父上の実家。列ができる有名店。宮古島の砂山ビーチで波打ち際に足を浸ける。午後、5時間の宮古島滞在から東京に戻り、元の職場の先輩との懇談会に合流。
    写真:那覇→宮古島のプロペラ機 写真:宮古島市役所を訪問
    写真:古謝そばを食する 写真:古謝げんたさんと古謝そばで遭遇
    写真:宮古島のリゾート 写真:砂山ビーチにて
    写真:在京の定例懇親会 
  • 7月1日
    午前中から夕方まで、那覇市の知念覚市長、宜野湾市の佐喜真淳市長に加え、那覇市、沖縄市、浦添市、うるま市の担当者を巡り、沖縄の脱炭素の新たな処方箋を提案。温度差はあれども、取り組みへの前向きの感触を得る。夕方、知人の古謝げんた氏の事務所に立ち寄る。梅雨明けの沖縄は太陽が一杯。
    写真:知念那覇市長を訪問 写真:佐喜真宜野湾市長を訪問
    写真:古謝元太氏の事務所を訪問 写真:那覇市内のガジュマル

  • 6月30日
    午前中、奄美市内を歩く。昔の風情を残す奄美大島に旅情を感じる。思わず、街中の散髪屋さんで散髪。奄美市の湾付近の川を泳ぐ魚の群れにも目が向く。昼過ぎに奄美大島の安田壮平奄美市長を訪問し、脱炭素プロジェクトの新たな切り口を紹介。午後、奄美大島空港から鹿児島空港経由で那覇空港に到着。
    写真:奄美市内の風情 写真:奄美市内の風情
    写真:安田壮平奄美市長を訪問 
  • 6月29日
    午前中、松本空港を発ち、神戸空港、鹿児島空港で飛行機を乗り継ぎ、夕方、奄美大島に到着。脱炭素プロジェクト振興のお手伝いの出張。途中、神戸空港のトランジットで全国山の日協議会理事会にリモート参加。役員選任が議題。奄美大島では、飛行場から奄美市街地までバスで岬めぐり。
    写真:アルプス上空を飛行 写真:奄美上空を飛行
    写真:飛行機内にて 写真:山の日協議会理事会にズーム参加
  • 6月28日
    早朝、スーの散歩。このところの、時差ボケ、列車での長時間の拘束による疲労を解消するために、自宅で静養。その間、まとまった時間を活用して、出版予定の書籍の組み立てを行う。
    写真:スーと朝の散歩 
  • 6月27日
    早朝、スーの散歩。「あずさ」で早朝到着後の散歩はスー第一主義に因るもの。午前中、生坂村が進める脱炭素先行地域事業の一環の、生坂ダムの自然放流水を活用する小水力発電施設の起工式に参加。生坂村の世帯の1/4の電力を賄える発電量を見込む。これからも生坂村のアドバイザーとして伴走支援。夕方、安曇野市内で開催のハーモニック伊藤財団が主催のコンサートに伊藤会長からのお誘いを受け、金子三勇士氏のピアノリサイタルに聞き入る。リストのラ・カンパネラ、ベートーベンの第9交響曲のリスト編曲のピアノ版は圧巻。思わっ金子氏の10月のオペラシティでのリサイタル切符を購入。極上の音楽に接すると前夜の疲れが吹っ飛ぶ。合間を見て、キンドル本出版の最終調整。
    写真:生坂村小水力発電施設の起工式 写真:小水力発電施設の設置場所
    写真:金子三勇士氏のピアノリサイタル 写真:金子三勇士氏と
  • 6月26日
    午前中、地域振興系コンサルタント会社を訪ね、ドローン事業、古民家活用を切り口に地域活性化策について議論。古民家資源の利活用についても意見交換。午後、消防庁田中地域防災室長を訪問し、全国の消防団のドローン活用の事例を聞く。各地で独自の消防団ドローン活用事例が出来ており、当面このモデル事業は継続する予定との話。私がアドバイザーを務めている生坂村の次年度以降の取り組みとして、消防設備整備補助金、緊防債の活用が可能なこと、ドローンの平時活用として遠隔集落への物資の配達といったラストワンマイル支援の取り組みに関する財政支援制度についても確認。夕方、フィンランド、エストニアのシェルター視察に関して、マスコミの取材を受ける。役所入省同期のホームパーティーに参加の後、地元に戻る。その途中、山梨県内の強い地震により、特急「あずさ」が石和温泉駅で停車。結局、松本到着が朝の6時。新宿から9時間の長旅。
    写真:山梨県内で強い地震 写真:特急あずさが緊急停車
  • 6月25日
    午前中、スーとの散歩。昼に、長野県護国神社評議員会に参加。遺族会の関係者から遺族会の今後について懸念の声が満ちる。上京し、半蔵門にて、長野県の造園関係者と意見交換。
    写真:長野県護国神社評議員会にて 写真:長野県の造園関係者と懇談
  • 6月24日
    午前中、スーとの散歩。数日前に、リトアニアのスーパーで見かけたScan&Goは優れもの。商品を棚から取った段階でハンディ端末で読み取り買い物袋に入れる。レジでは決済だけ。レジの担当は最少人数。午後催行のアルピコグループの株主総会でその仕組みの導入検討を提案。じっくりと検討とのニュアンスを得る。併せて、昨年総会に引き続き松本でのLRT導入検討をアルピコグループとしても研究することを要望。夕方、熊の出没があった松本市城山地区で、若者の人生相談に乗る。
    写真:スーと朝の散歩 写真:アルピコグループの株主総会に出席
    写真:若者の人生相談に乗る 写真:熊の注意報
  • 6月23日
    昼に、ヘルシンキから12時間のフライトの後、成田空港に無事着陸。成田→新宿→松本というルートで、夕刻松本の自宅に帰還。愛おしく可愛いスーと9日ぶりに再会。暫く留守の間、元気がなかったとの話。ごめんね。
    写真:スーと再会 写真:スーと再会
  • 6月22日
    午前中、タリン市内のホテルで、プーチンの歴史観に関する本を読む。日本で読むのとは異なる感覚の読書感を得る。昼過ぎにタリン空港からヘルシンキ空港に到着。夕方同空港を経て成田に向かう。ヘルシンキ空港には熊が出没。今回のフィンランド、エストニア訪問で気の付いたことの一つに、水道水がとても美味しく、ホテルにはペットボトルが置いてないということ。水道水を美味しく飲めるのに、高いお金を出してペットボトルを購入するのは無駄な買い物だという意識が浸透。
    写真:タリン旧市街地の見納め 写真:プーチンの歴史観の本を読む
    写真:タリン空港にて 写真:ヘルシンキ空港の熊
    写真:水道水のおいしさを誇るホテル 
  • 6月21日
    早朝、ホテルで訪問レポートをまとめる。午前中、タリン旧市街地、バルト海タリン湾岸をEバイクで巡る。タリン湾で遊ぶ白鳥、ワンコ(何と秋田犬)にも遭遇。夕方、タリンの滞在ホテルに設置された旧ソ連時代の盗聴システムの黒歴史を聞く。ヘルシンキもタリンもLRT、トラムの存在感は絶大。夏至真近のタリンは、夜になっても昼間の様相。
    写真:タリン湾岸をEバイクで巡る 写真:タリン湾岸をEバイクで巡る
    写真:タリン湾岸をEバイクで巡る 写真:タリンの秋田犬
    写真:KGBの黒歴史を聞く 写真:KGBの司令部から臨むタリン旧市街
  • 6月20日
    早朝、タリンを発ち、元大関の把瑠都さん出身のラクヴェル市を経て、ロシアとの国境の町ナルバ市に向かう。近郊には風力発電施設が目立つ。ナルバ市ではエストニアがロシアと国境を接するナルヴァ国境検問所を訪問。ロシア側のイヴァンゴロド市側も臨む。ナルヴァ川に掛かる橋が国境で、現在は徒歩のみの往来が認められている。エストニア国境警察官の説明を受ける。5万人強の人口のナルヴァ市にはロシア系エストニア人も多い。国境の町ナルヴァの国境のナルヴァ川は、市民にとっては憩いの場。国境を接する緊張感の中にも、一定の平穏さは存在。車中、エストニアが、バルト海沿岸に小型原発を設置する方針を固めた情報に接する。日本、米、ポーランドの協力の下、エネルギー調達の自立を目指す趣旨。
    写真:ナルバ市周辺の風力発電施設 写真:ナルバ市の国境検問所に並ぶ人々
    写真:国境の橋からロシア側を臨む 写真:国境の橋にて
    写真:国境の橋から臨むナルバ川 写真:国境の橋には障害物が設置
    写真:ナルバ川河畔で憩う人々 写真:ナルバ川河畔に立つ
    写真:ナルバ市内の公園にて 写真:城壁に掲げられたウクライナ国旗
  • 6月19日
    早朝、ヘルシンキを発ち、10階建てのLNGフェリーに乗りエストニアのタリンに向かう。2時間のバルト海の海の旅は平穏。人慣れしたウミネコに遭遇。午前中から、エストニアのタリン旧市街地(世界遺産)に所在する内務省で救助危機管理担当局長のトウーリ-ライム女史からエストニアの国民保護の制度の改正内容について聞く。ロシアによるウクライナ侵略を受けて、シェルター整備について制度を見直し7月1日から施行。その中に、シェルター設置の義務化も盛り込まれる。シェルター整備の法制化を目指す日本とエストニアのシェルター整備の課題を共有していくことを約束。昼前に、エストニア危機管理アカデミーを訪問し、建設中の学生寮に設置される地下シェルターを見学。フィンランド基準で設置。アカデミーにたなびくウクライナ国旗を見て、ロシアに対する警戒感は半端ではないことを感じる。午後、タリン市内の旧ソ連時代(1970年)の建設された40戸が入る集合住宅の地下室を住宅のリノベーションに併せて簡易シェルター化した事例を見る。ロシアによるウクライナ侵略を契機に、パイロット事業として国の支援(6万ユーロ、1200万円程度)を受け実現。無理の無いシェルター整備の事例。その後、タリン市の旧市街地の要塞地下に張り巡らされた地下通路を見学。戦時には防空壕としても活用された歴史。1944年3月のソ連による空爆時には今は世界遺産に指定されている旧市街地の1/3が破壊される。その記憶が、エストニア国民の脳裏に刻まれ、今再び、ロシアの脅威に備えざるを得ない環境になっていることを認識。ソ連による大規模空爆「3月の爆撃」の記憶はエストニア国民の対ロシア敵愾心の根源。
    写真:フェリーでバルト海を渡る 写真:フェリーでバルト海を渡る
    写真:ウミネコとツーショット 写真:エストニア内務省にて
    写真:エストニア内務省にて 写真:エストニア内務省にて
    写真:エストニア危機管理アカデミーにて 写真:エストニア危機管理アカデミーにて
    写真:集合住宅のシェルター 写真:集合住宅のシェルター
    写真:要塞地下シェルター 写真:要塞地下シェルター
    写真:タリン旧市街地にて 
  • 6月18日
    早朝、岩盤地下シェルターの近くにあるヘルシンキ中央図書館を見学。フィンランド独立100周年記念で建てられた図書館は、ヘルシンキ市民の憩いの場。午前中、エスポ市内に所在の岩盤シェルターを視察。半世紀の歴史を刻む二層のシェルターは5000人を10日間収容を想定。戦術核兵器が使用されても生き残れる設計。トイレと水はシェルター側が用意、食料は各自が持参という役割分担が予め決められている。シェルターはアルト大学と近隣住民の共同監理。監理会社VSSシェルターシステムの関係者が説明。ウクライナ戦争の教訓として、避難期間が短く頻繁な避難を想定する必要性の認識を聞く。アルト大学職員が、シェルター運営の専門的訓練を受ける。午後、 ヘルシンキ民間防衛博物館を訪問し、フィンランドのシェルター整備の歴史と取り組みを学習。ペッカ・キレニウス博士の講義も受ける。フィンランドの5万基のシェルターのうち、4万基は住宅用、大型岩盤シェルターは100基。毎年のメンテナンスと10年に1度の点検。この70年間に200の法令が定められたが、現在は1法律3規則に集約。日本へのアドバイスとして、各国のベストプラクティスを参考に日本の実情に適応した制度を徐々に作っていくことを勧められる。最初から完璧を目指すことは成功しない、とのアドバイス。シェルターの制度が存在しない日本については、過去のしがらみが無いことを逆手にとってメリットと受け止める考えもあり得る、と温かい発言。シェルターの平時の活用についてしっかりと考えることが重要で、学校や公共施設の地下を普段から活用していく事がお勧めとも。シェルターの防爆テストについてもご教示いただく。
    写真:ヘルシンキ中央図書館にて 写真:ヘルシンキ中央図書館にて
    写真:エスポ市内の岩盤シェルター 写真:エスポ市内の岩盤シェルター
    写真:エスポ市内の岩盤シェルター 写真:ヘルシンキ民間防衛博物館にて
    写真:ヘルシンキ民間防衛博物館にて 写真:ヘルシンキ民間防衛博物館にて
  • 6月17日
    午前中、ヘルシンキ市内のRokkiparkki 共同民間防衛シェルターを視察。アーティストが集まる地区に9000人収容の岩盤型中規模地下シェルターが10年前に完成。非常時には住民がシェルター運用を行う前提。HEPAフィルター、活性炭を具備した空気清浄機がシェルター内にずらりと並ぶ。普段は駐車場としての活用し、72時間でシェルターに転換。昼前には、ヘルシンキ市内に2024年に設置されたばかりのWeLandという最先端のオフィスビルと一体型の民間シェルターを視察。ここは岩盤ではない鉄筋シェルターで500uに600人収容。午後、ヘルシンキ市内のフィンランディア・ホールの地下の岩盤シェルターを視察。世界的建築家アルバ・アルト設計のフィンランドを代表する建築物の地下シェルターは、2012年に完成、5000uに3,800人収容の中規模シェルター。ここは完全な公共シェルター。芸術文化と安全安心の融合が特徴。夕方、フィンランドの防爆弁、気密扉、シェルター技術を専門とする1953年創立の世界的リーディングカンパニーのTemet社を訪問。日本の原発施設にも同社の防爆設備を提供。世界85か国に57,000基のシェルター設備提供の実績。シェルターに関するISO/DIS22359:2023 ISO/TC292の基準作りにも貢献し、シェルター連合の形成も政府に進言。バルト3国、ポーランドはフィンランドの制度に倣うとの認識を伺う。戦時下のウクライナは、旧ソ連時代のシェルターは存在しているものの、機能がアップデートされていない課題があり、協力していく姿勢も聞く。日本に対しては、早く制度と運用の現実的な基準作りが必要との耳の痛い指摘を賜る。
    写真:Rokkiparkkiシェルターを視察 写真:Rokkiparkkiシェルターを視察
    写真:Rokkiparkkiシェルターを視察 写真:民間ビル一体型シェルターを視察
    写真:民間ビル一体型シェルターを視察 写真:公共シェルターを視察
    写真:公共シェルターを視察 写真:Temet社を訪問
    写真:Temet社を訪問 写真:Temet社を訪問
  • 6月16日
    早朝、成田空港から12時間のフライトで、現地時間の朝5時半にヘルシンキに到着。早速、午前中に地下40mの岩盤シェルターを活用したシェルター設備などの認証、検査を専門とする会社Eurofinsを訪問。初夏の軽井沢を思わせる過ごしやすい気候。午後、在フィンランド日本大使館を訪問し、塚田和夫公使、安里貴舟二等書記官、中村徹二等陸佐からフィンランドの国防意識、シェルター整備の現状を聞く。今後の日本のシェルター整備の議論の中でシェルター先進国フィンランドの取り組みが参考になることを伝え、大使館としての調査の深堀を依頼。フィンランド政府が提唱しているシェルター連合の動きの把握も依頼。夕方、ヘルシンキ市内を散策。
    写真:シェルター設備認証機関を訪問 写真:シェルター設備認証機関を訪問
    写真:シェルター設備認証機関を訪問 写真:フィンランドの馬
    写真:在フィンランド日本大使館を訪問 
  • 6月15日
    早朝、スーの散歩。そのスーが「行かないで」、と訴える思いを振り切って、路線バスに乗り松本駅に行き、松本駅→新宿駅→成田空港駅→ヘルシンキに向かう。12時間の空路。今回は、ロシアの脅威に晒されるフィンランド、エストニアのシェルター整備の現状を調査。昨年のウクライナ、スイス、イスラエル訪問に引き続く調査。日本核シェルター協会主催。北極上空を飛行。
    写真:スーの眼差し 写真:路線バスで松本駅に
    写真:北極上空を飛行 
  • 6月14日
    早朝、スーの散歩。ミツバチの羽音に聞き入る。この世界には、様々な生物の多様な営みがあると実感。午前中、松本市内の宗教団体の例会で講演。熊騒動について話をする。午後、妻と外出。夕方から北欧訪問の準備。
  • 6月13日
    早朝、安曇野市の自宅の近所を、孫とスーが散歩。共に3歳。午前中、須坂市の「須坂健康の森RVリゾート」に、19台のトレーラーハウスが配備され、可動式蓄電池、自己完結型水洗トイレを伴う移動可能オフグリッド基地が完成。普段は近くの温泉施設を活用しリゾート使用、非常時には被災地に赴くデュアルユース。カンバーランド・ジャパンという民間企業がここまでやり遂げたことに驚嘆。嬉しいことにペット同伴可能な施設。ここから、ウクライナ復興支援のトレーラーハウスが同国に向かう。昨年2月のウクライナ訪問をきっかけに経産省の補助金採択を受ける迄に至る。私が代表社員を務める合同会社も連携。三木須坂市長も駆け付ける。夕方、フィンランド、エストニア訪問の準備。
    写真:同い年の孫とスーが散歩 写真:同い年の孫とスーが散歩
    写真:須坂市のTH備蓄基地が進化 写真:須坂市のTH備蓄基地が進化
    写真:須坂市のTH備蓄基地が進化 写真:TH備蓄基地の昼食会にて
    写真:ウクライナ支援にも活用 
  • 6月12日
    早朝、スーの散歩。新しい友達に挨拶。午前中、安曇野市の自宅のスチール本棚の撤去作業。大量の本の搬出に引き続く作業。昼に緊急ズーム会議。熊が、猪や鹿用のくくり罠に引っ掛かってしまう錯誤捕獲は、本来認めれない捕獲。本来はそこで放獣され無ければならない。にも拘らず、その場で補殺されるケースが増えている。錯誤捕獲される熊の95%は里に降りた経験の無い熊であることが調査で判明。長野県では、これまで錯誤捕獲の際の熊の扱いについて県が関与し適切な対応を行い徒に補殺されることのないような対応が行われて来たところ、この度、知事の強い意向で県が手を引き、その判断を市町村に任せる対応に変えた由。伊那市などでは錯誤捕獲の熊は全て補殺処分にするとの情報。専門的知識の乏しい市町村にこうした判断を委ねること、永年積み上げた長野県の知恵が崩れ去ることに懸念を持つ関係者で緊急ズーム会議を開催し、今後の対応を協議。夕方、三鷹に在住の息子が孫を伴って安曇野市の家を訪れる。一緒に風呂に入る。
    写真:新しい友達に挨拶のスー 写真:熊の錯誤捕獲に関する緊急ズーム会議
  • 6月11日
    一日かけて、笠間市山口伸樹市長、水戸市高橋靖市長、大洗町国井豊町長、ひたちなか市大谷明市長、吉冨耕治副市長を訪問し、脱炭素推進の重要機能を担う蓄電池導入について、公有資産活用の観点から、新たな手法を提供、共有。その間、大洗磯前神社に参拝し、水戸市の千波湖を通った際には、26年前の北朝鮮訪問を記した記憶が蘇る。この日、私も属しているワンワンパトロールのメンバーが長期入院で重篤な状態になり愛犬(ビション・フリーゼ)の里親を急募する情報に接する。自らの命よりも愛犬の将来を心配する飼い主の心情に心を打たれる。夜、地元に戻る。
    写真:笠間市山口市長を訪問 写真:水戸市高橋市長を訪問
    写真:大洗町国井町長を訪問 写真:ひたちなか市大谷市長を訪問
    写真:大洗磯前神社を参拝 写真:里親募集のワンコ
  • 6月10日
    早朝、明治神宮を歩く。午前中、元環境大臣の西村明宏代議士を訪問し、脱炭素推進の重要機能を担う蓄電池導入の課題を議論。午後、茨城県東海村山田修村長、つくば市五十嵐立青市長を訪問し、自治体に蓄電池導入する際の新たな手法を提示、共有。
    写真:明治神宮を歩く 写真:元環境相西村代議士を訪問
    写真:東海村山田村長を訪問 写真:つくば市五十嵐市長を訪問
  • 6月9日
    午前中から、蓄電池の全国展開に関して、自民党バッテリー議員連盟幹部に順次レク。蓄電池設置に関わる現場の課題の認識を共有。この間、大澤博消防庁長官を訪問し、日本の消防技術の海外展開の促進について国内の事業者の問題意識を共有。夕方、茨城県勤務経験者で久しぶりの懇親会。この日、前日の相澤病院で医療系廃棄物の実験がスタートした旨の記事が掲載される。また、嬉しいことに、長野県内の事業者が手掛けるトレーラーハウスに長野県内の事業者の浄水システムを搭載したシステムが経産省のウイライナ支援プログラムに採択された情報に接する。昨年2月のキーウ訪問の経験が生かされ具体的取り組みが一歩進む。早期の和平を望む。
    写真:甘利明先生を訪問 写真:保岡宏武先生を訪問
    写真:山際大志郎先生を訪問 写真:柴山昌彦先生を訪問
    写真:渡海紀三朗先生を訪問 写真:三宅伸吾先生を訪問
    写真:茨城県勤務経験者で懇親 写真:医療系廃棄物減量化実験の記事
  • 6月8日
    早朝、スーの散歩。日本病院会会長の相澤隆夫先生が経営する松本市所在の相澤病院で、医療系廃棄物を減量・無菌化し、環境対策に資すると共に病院側のコストを大幅低減するシステムが、本日から1週間の予定で実証実験スタート。効果が確認されれば全国展開も視野に。元環境副大臣として仲介。地元マスコミも取材。その足で上京し、在京の地域振興系事業所で打合せ。
    写真:相澤病院相澤理事長を訪問 写真:相澤病院で新システム実証実験
    写真:相澤病院で新システム実証実験 写真:相澤病院で新システム実証実験
    写真:ステリウェーブのシステム 
  • 6月7日
    早朝、上高地で開催の第80回ウェストン祭に日本山岳会信濃支部員として参加し、記念品の販売を手伝い。80回目を迎えたウェストン祭では、地元の安曇小中学校の生徒がウェストンを讃える歌を披露。その場で、校長先生が、「務台さんが国会議事堂を案内してくれた子らもいますよ」と教えてくれた。記念講演は高校先輩の北村節子さん。北村さんは、日本女子登山隊のエベレスト挑戦(1975年)を取材する中で隊に同行し、田部井淳子さんの「相棒」として世界の山々を共に歩くことに。田部井さんとシシャパンマ、マッキンリー、南極、ニューギニア最高峰、アイガー東山稜などを共に登った体験を披露。その内容は「ピッケルと口紅」として出版。女性が山に入ること自体が偏見に晒されていた時代、北村さんと田部井さんは「女性であること」を隠さずに困難に挑戦し続けた人生を語ってくれた。昼に午餐会を行い、混み合う河童橋を通って、松本市に戻る。夕方、スーと散歩。
    写真:河童橋の袂で記念品の販売 写真:ウェストン祭
    写真:ウェストン祭 写真:ウェストンのレリーフ
    写真:北村節子氏の講演 写真:北村節子氏と
  • 6月6日
    早朝、松本市島々から島々谷川を遡り、岩魚留小屋経由で徳本峠越え、上高地に降りる。翌7日の第80回ウェストン祭に先立ち記念山行。島々谷ではマムシの子供にも遭遇。記念山行には日本山岳会信濃支部会員を中心に16名が参加。国際基督教大学のワンダーフォーゲル部も参加。徳本小屋では豚汁を振舞われる。島々から宿泊先の西糸屋まで31キロを踏破。若者のスピードにはついて行けず、休み休みの登山となったものの、何とか11時間半かけて無事に到着。夜、西糸屋でウェストン祭の前日祭。山の歌を皆で歌う。
    写真:島々の公民館から徳本登山出立 写真:マムシの子に遭遇
    写真:同行者と 写真:岩魚留小屋にて
    写真:岩魚留小屋の看板 写真:島々谷川の桟道
    写真:徳本峠に到着 写真:徳本峠から臨む穂高連峰
    写真:明神館にて 写真:西糸屋の前日祭
  • 6月5日
    早朝、桑の実が色づき林檎の実が膨らみつつある果樹園をスーと歩く。午前中、安曇野市の自宅で4日目の書籍整理。古書専門業者に引き取ってもらう本はこれで整理が終了。引き取ってもらった本は、5000冊を超える。次は、本の整理で不要になったスチール本棚の処分を予定。家を整理するということは、体力と気力を要するものであることを実感。
    写真:スーの散歩 写真:スーの散歩
    写真:色づいた桑の実 写真:膨らんだ林檎の実
  • 6月4日
    午前中、スーの散歩の後、自宅で静養しつつ、ブログを執筆、午後、松本市内で開催されたNPO 法人「梓川流域を守る会」の総会に出席。砂防関係者も多く参加。原口強東北大学特任教授が、上高地の成り立ちを解説。
    写真:「梓川流域を守る会」の総会に参加 写真:「梓川流域を守る会」の会員と
    写真:原口先生から上高地の成り立ちを聞く 写真:原口先生から上高地の成り立ちを聞く
  • 6月3日
    午前中、台風襲来の中、衆議院議員会館で日本国内のシェルター関連企業関係者が、イスラエルのシェルター関連グローバル企業であるBeth-EL社から、イスラエル国内で展開しているシェルターの中核技術である高機能換気装置について学習。戦時下で実際にシェルターが機能している現状の話は貴重。世界中の最新シェルターに同社のシステムが普及。シェルター空間の平時の活用についても、ノウハウを有する日本企業のプレゼンを聞く。午後、地元に戻るはずが、特急あずさの運休により、夕方にずれ込む。安曇野市の自宅で書籍整理を行って頂いている事業者の方との合流は叶わず。それでも、4回の書籍搬出でだいぶ整理がつく。身軽になった安曇野市の自宅も、「伸び」をしている感触。手元において置く本の選定も判断を要する。
    写真:議員会館でBeth-EL社のプレゼン 写真:戦時下のシェルターの機能
    写真:戦時下のシェルターの機能 写真:イスラエルに飛来のミサイル
    写真:シェルターの平時活用のプレゼン 
  • 6月2日
    午前中、品川区に所在する電力系設備会社を訪問し、高瀬川水系の水力発電所関連の諸課題について意見交換。会社に行く途中の商店街の活気にほっこりとする。午後、訪日中のイスラエルのシェルター施設の中核技術を保有するBeth-EL社の幹部と意見交換。内閣官房危機管理担当とも、戦時下の試練を経たイスラエルのシェルターの経験を共有。夕方、台風に備え、早々に自宅に戻る。
    写真:品川区の商店街の活気 写真:Beth-EL社幹部と
    写真:Beth-EL社幹部が政府関係者と懇談 写真:Beth-EL社幹部が政府関係者と懇談
  • 6月1日
    早朝、スーの散歩。昼前に上京し、調布市に所在する鹿島建設技術研究所を日本核シェルター協会の会員で訪問。昨年訪問したスイスのシェルター研究機関であるシュピーツ研究所を上回る技術水準の高さを認識。日本が遅れているのは制度の構築。過日試しに私の心電図をAI分析してもらったところ、私の心臓年齢が実年齢よりも12歳若い57.8歳と判定。よし、槍ヶ岳に登るぞ。夕方から代々木の自宅でKindle本の出版に向けた作業きを行う。
    写真:スーと散歩 写真:スーと散歩
    写真:鹿島建設技術研究所を訪問 写真:鹿島建設技術研究所を訪問
    写真:私の心臓年齢 

過去の活動報告

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