「日本の地方の価値に目を向ける外国人」

〜外国人観光客を地方に誘う観光戦略〜

 私が英国滞在中、当時の駐英国日本大使の野上義二氏から、ヴィクトリア&アルバート美術館のパトロン一行が長野県の須坂市を訪問した話を伺った。大使の話では、須坂の豪商の館である田中本家を訪問し、その足で須坂市にある落ち着いた温泉旅館に宿をとったのだそうだ。一行はその折の印象がとてもよく、ロンドンに戻ってきてから、須坂はよかったと激賞だったということだ。こういう方々を須坂に招くにあたってはおそらく関係者の並々ならぬご苦労があったことは想像に難くない。

 ヴィクトリア&アルバート美術館のパトロンというからには桁違いのお金持ちであることはもとより、審美眼というか、よいものを見分けるセンスが非常に高いことは言うまでもない。そのパトロンの方々のおめがねにかなった須坂市の保有する歴史文化観光資源は世界水準にあることは間違いない。

 たまたま私もその年の前半に須坂市に伺った折に、三木正夫市長とともに田中本家を訪問し、跡継ぎの田中学芸員に屋敷内をご案内いただく機会があったことから、「それは田中本家だったら気に入るはずです。長野県内の温泉ももちろんです。」と申し上げた。大使の話を三木市長にもお伝えしたところ、うれしい情報なので早速この話を田中館長にも伝えたいとおっしゃっておられた。

 当時私がロンドンに暮らして感じたのは、ロンドンをはじめとして英国内には確かに歴史遺産や文化的蓄積、美しい自然がたくさんあるが、私は日本のそれも決して英国に劣るものではなくむしろ英国以上に古い歴史があり、自然も変化に富み、日本人の人情もこまやかで、全体で見て日本のが保有しているコンテンツの水準は英国よりも上のように思える。

 しかし、その素材を外の人に見てもらう術(すべ)に関しては、残念ながら、我が国のノウハウは英国の持つそれに大きく遅れをとっている。サービスのスタンダード化、英語での情報量の多さ、各地にある観光インフォーメーションセンター、人を楽しませるノウハウ、景観を守る断固たる施策や人々の姿勢など、世界中から観光客を受け入れている英国のノウハウは大いに学ぶべき点がある。

 野上大使も、「外国人が英語で日本の観光情報に接しネット上で簡易に予約が出来る仕組みがあれば、日本の国際観光はもう少し前進するのだけれども」、というご感想をお持ちであった。外国人は最近は旅行業者を通さずに直接ネットで行き先を決めていくのが多くなっているというのが大使の認識であった。

 このことを当時の国際観光振興機構の奥田哲也ロンドン観光宣伝事務所長に確認すると、「国際観光分野の業界用語にFIT(Foreign Individual Travelers)という言葉があり、殆どの英国人は個人で旅行の行程を設定し、相手国が個人旅行を受け付けないなどの特殊な事情の無い限り、日本のような団体旅行はしない」のだそうだ。そして欧州全体にもそのようなことが言えるのだそうだ。

 質の高い日本の観光資源を欧州の目の肥えた所得の高い層にアピールするためには国も地方も一緒になった観光戦略が必要であることは間違いない。

 国土交通省に観光庁が誕生したが、組織体制を強化する中でしっかりした国際観光戦略を作ってほしいと思う。長野県庁も観光部を作り県土振興の観点から観光に力を入れているようだが、外国語による観光情報の迅速な体系的整備というのことも大変重要だということをお伝えしたい。

 ところで、英国人の日本に対する関心は日本人が想像する以上に大きい。私の友人であるカーディフ大学の日本研究センター所長のクリストファー・フード(Christopher Hood )博士から、博士が主催する日本研究講座を受講する学生の数が激増しているとの話を伺ったことがある。

 その理由について、博士は、「漫画やアニメなど日本のサブカルチャーが浸透し、それに親しんだ世代が学生になっていること、子供のころに日本と何らかの関わりがあるとごく自然に日本のことを勉強してみたいという気持ちになるようだ」との分析をしておられた。

 日本国内においては、最近は特に縮み志向で悲観論ばかりが蔓延しているように見受けられるが、逆に、外国で日本に関心を持つ若い世代は確実に増えているという兆候を日本国内の地域振興を考える上で重視しなければならない。

 国と国との関係だけではなく、地方自治体や市民レベルのさまざまな国際交流行事が行われ、国際交流が質量ともにレベルアップされることが期待される。とにかく日本に来た外国人は殆どの人が日本のファンになる事実は重い。

 在外には日本大使館、ジェトロ、国際観光振興機構、日本の地方自治体の海外事務所(自治体国際化協会)などがあるが、これらの機能をフルに活用し、日本を大いに外国に売り込む活動を更に盛んにしていかなければならない。 

 ところで、東京出身で英国人と結婚されカンタベリーの近くにお住まいのローズ・敬子さんから、ごく最近、英国からのメールで、日本の国際観光振興に関する以下のアイデアを頂いた。ローズ・敬子さんの岳父は、戦時中、長野県天龍村にある平岡ダムの建設に英国人捕虜として動員された経験をお持ちの方である。

 「最近英国でも、日本へ行く人達の数が増えている様に感じますが、私も英国人の友達に、日本の地方の魅力を説明しています。日本から帰った人達は、次に日本へ行く際は、東京ではなく地方を訪れたいと語っています。日本を観光に訪れる人達に、長野県をはじめとする日本の美しい風景と日本の伝統を体験してもらえたらと願っています。海外からの旅行者を対象に過疎地域の空き家を補修して農村体験を含んだ旅行プランが面白いのではないかと思ったこともあります。英国人の友達は、日本での楽しかった思い出の一つとして、地元の人達との交流をあげます。日本人が英語で十分な説明が出来なくても、ジェスチャーを含め何かしかの方法で意思を伝えると、その誠意に大変感謝し楽しかった日本での良い思い出になっています。国際線の地方空港発着は色々な問題があって、難しいと思いますが、地方町村の海外へのPRや、それに伴った洋式トイレの普及は、産業活性化に繋がるのではないかと思います。」

 外国に住む邦人の日本に向ける眼差しは基本的に同じ方向を向いている。その視点を日本の国際観光振興を通じた地域再生に具体的な形で生かしていかなければならない。


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