「ネパール・チベットの大規模土石流災害と善光寺地震の記憶」

 8月末に発災したネパール・チベットの大規模土石流災害。この惨状を見て、私は1847年の信州の善光寺地震を想起しました。善光寺地震の犠牲者は1万に上ったとされています。同じ山国の大規模災害であり、決して人ごとではありません。善光寺地震では、強い揺れの直後に犀川が河道閉塞を起こし、巨大な自然ダムが形成されました。その後の決壊によって、下流の善光寺盆地は一面が水に覆われ、村々が壊滅的な被害を受けました。

 この異常な複合災害は遠く江戸にも伝わり、町人文化の川柳・狂歌の題材となりました。当時の江戸では、「死にたくば 信濃にござれ 善光寺 土葬水葬 火葬までする」というきわどい短歌が流行しました。地震で亡くなった人は土葬、火災で亡くなった人は火葬、犀川の自然ダム決壊洪水で流された人は水葬??三つの葬法が同時に現れたという、信州の惨状を皮肉と風刺で表現したものです。現代では許されない表現ですが、江戸の人々がこの災害を「異常な国難」として受け止めていたことがうかがえます。

 ネパールの土石流災害と善光寺地震は、発生の背景こそ異なりますが、災害の構造は驚くほど似通っています。急峻な山岳地帯で大規模崩壊が発生し、河道が閉塞し、一時的な自然ダムが形成され、決壊洪水が下流を破壊する??この連鎖は、ヒマラヤでも信州でも普遍的に再現するものです。自然ダム災害は、地形が急峻で地質が脆弱な地域では必ず起こり得る現象であり、長野県をはじめとする日本の山岳地域・中山間地域も例外ではありません。

 近年は豪雨の激甚化、融雪期の変化、地震活動の活発化など、外力が複合的に強まっています。ネパールの災害は氷河性崩壊が主因でしたが、日本では地震・豪雨・火山活動が同時に作用する可能性があります。自然ダム災害は「歴史の話」ではなく、気候変動時代の日本が直面する現在進行形のリスクです。

 善光寺地震の記憶は、現代の私たちに重要な教訓を与えています。自然ダムは形成直後に決壊する場合もあれば、犀川のように一定期間保持された後に崩壊する場合もあります。決壊の速度は避難可能性を左右し、監視体制のあり方を大きく変えます。衛星観測、ドローン、AI解析などの技術を活用し、山岳地域の地形変化を常時監視する体制を整えることが不可欠です。

 また、自然ダム災害は地域の問題にとどまらず、社会全体に影響を及ぼします。善光寺地震が江戸の世相にまで影響したように、現代の長野県で同様の災害が発生すれば、インフラの寸断、物流の停滞、観光・産業への影響など、全国規模の波及が避けられません。流域全体の強靱化、インフラの耐災害性の再評価、地域防災計画への自然ダム災害の明記が求められます。

 ネパールの惨状は、山国に生きる私たちに「歴史は繰り返す」という厳しい現実を突きつけています。善光寺地震の記憶を風化させず、現代の科学技術と組み合わせて未来の防災に生かすことこそ、山岳県・長野が果たすべき使命であると考えます。

 それにしても、地球規模の巨大災害が頻発するなか、非情にも、人為的な被害を自ら引き起こしそれを継続し続けている国家指導者への怒りを禁じ得ません。こういう人物は、人類に対するハザードそのものです。

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