2026年3月11日、東日本大震災から15年がたちました。最初の選挙で落選し、再起を期しながら政治活動をする中で直面した震災の記憶は今でも鮮明です。15年前の今日、大阪での用務の帰り、東海道新幹線の中で震災に遭遇しました。新幹線が名古屋の手前で止まり、数時間後何とか新幹線が名古屋まで動く中で、バスで安曇野市の自宅に戻った記憶が脳裏に刻まれています。この記事を書いている場所は、東京都渋谷区の自宅ですが、当時このマンションに居住していた息子たちが、とっさの判断で窓枠に貼り付けたガムテープが未だにその痕跡を留めています。何故かそれを剥ぎ取る気持ちになれません。
この15年の間に、私自身は12年間に亘り代議士の立場を与えられ、復興大臣政務官、内閣府防災担当政務官、内閣府原子力防災担当副大臣といった防災系の政府の職責を果たす機会を得られました。国家公務員時代には総務省消防庁防災課長、総理府安全保障会議事務局参事官といった立場で防災制度、国民保護法制の充実に関与できたことも得がたい経験だと感謝しています。実は、地方自治体勤務の時代にも、20代の群馬県庁の課長時代には御巣鷹山の日航機墜落事案に遭遇し、40代の茨城県総務部長時代にはJCOの原子力臨海事故対応に追われました。ある意味で、防災、危機管理、国土強靱化は、私の仕事を通じ自分自身のライフワークになっているとの思いを懐いています。
その思いもあり、代議士を退いた後も、2025年5月に合同会社「防災制度・運用研究会」を設立し、我が国の防災制度の陥穽を埋める役割を果たることを目指し、民間企業の持つ優れた防災要素技術に光を当てる役割を果たそうと活動を始めています。日本が誇る消防団などの自主防災組織の仕組みを広くアセアン地域に展開し、日本の防災技術も併せて海外展開を図る企画も試みています。その為に、2026年1月にはマレーシア、カンボジアに、2月にはタイに主張し、消防庁主催の防災技術の展示会・セミナーに参加してきました。
大災害に遭遇した鮮烈な記憶がモチベーションとなり、その後の自分自身の生きる道に繋がっていることを再認識し、これはある意味で私の天命だと思い定め、私に出来ることを精一杯実現して行きたいと自分自身に言い聞かせています。
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