むたい俊介
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長野2区 自民党

【メッセージ】
「我が家のシーズーの来歴を紐解く」
〜中国共産革命で絶滅の危機に瀕した歴史〜


 我が家の愛犬スー。犬種はシーズーであり、我が家に迎え入れて3年が経ちます。その愛らしさ、人懐っこさに家族全員が癒されています。散歩の途中で出会う近所の皆様に愛され、人気者です。
 毎朝の日課の散歩を欠かさないことで、スーの健康維持に加え、私自身の健康維持にもつながっています。毎朝3,000歩を超える散歩の歩数は、日々の目標10,000歩の基底数となっており、私自身の健康づくりの原動力となっています。
 さて、そのシーズーは、世界史の流れの中で絶滅の危機にあったという話を聞き、びっくりしました。そこで、AIの力を借りシーズーの歴史を紐解いてみました。
 シーズーは、元々は、チベットの僧院犬を起源とし、中国の宮廷で「獅子狗(ライオン犬)」として何世紀も大切に飼育された歴史を持つ犬種だそうです。特に明・清王朝の皇帝や西太后に愛され、宮廷内で厳重に保護されましたが、20世紀の中国共産革命でほぼ絶滅寸前に追い込まれた過去があったのです。
 そして、現在世界にいるシーズーは、わずか数頭の宮廷犬をイギリス人が国外に持ち出したことで命脈を保った系統なのです。

1:起源:チベットの「聖なる小型犬」
 シーズーの祖先は、チベットの僧院で飼われていた小型犬(ラサ・アプソなど)と考えられています。仏教文化では「ライオン」が神聖視されており、小型犬をライオンの姿に似せて育種したことが始まりとされます。これらの犬は、チベットから中国皇帝への献上品として宮廷に渡りました。

2:中国宮廷での繁栄:明〜清王朝
 明王朝(1368-1644)の時代、シーズーは皇帝の寵愛を受け、宮廷内でのみ飼育される特別な犬となりました。宮廷の壁画や掛け軸にも描かれ、「獅子狗(ライオン犬)」として象徴的存在でした。
 清王朝(1644-1912)の時代、特に西太后がシーズーを愛し、宮廷内に専用の犬舎を設け、宦官に繁殖を任せ、皇帝の好みに合わせて競い合うように育種させました。この時代に、ラサ・アプソやペキニーズ、パグなどとの交配が進み、現在のシーズーの姿が形成されました。

3:20世紀の政変による絶滅の危機
 ところが、1908年の西太后の死により、宮廷の統制が弱まり、繁殖の質が低下。また、1949年の中国共産革命の際に、宮廷文化の象徴とされたシーズーは、 「富裕層の象徴」としてほぼ全てが殺処分され、国内で絶滅寸前になりました。

4:奇跡の生還:国外に持ち出されたわずか14頭
 革命前後に、イギリス人女性・ブラウンリッグ夫人や、駐在英軍将校が数頭のシーズーを国外へ持ち出していました。このわずか14頭ほどの犬が、世界のシーズーの祖先となったと考えられています。イギリスで繁殖が進み、ヨーロッパ、スカンジナビア、オーストラリア、アメリカ へと広がり、世界的な犬種として復活したのです。

5:現代のシーズー:性格が良く、人に寄り添う理由
 我が家のスーのように、シーズーが一般的に「性格が良く、愛らしい犬」になるのは、歴史的背景が深く関係しているのです。宮廷で人間の膝の上で暮らすために育種された犬種、警戒心よりも愛嬌・人懐こさが重視された、小型で温厚、室内での生活に適応。シーズーが穏やかで愛らしいのは、 何百年も「人を癒す存在」として大切に育てられてきた歴史の賜物なのです。
 我が家のスー自身は、自分自身の来歴を知らずに、愛らしさを振りまいていますが、スーと巡り合って、その魅力的な性格に魅了されている自分自身も、過去の歴史の延長線上でスーと巡り合っているのだと考えると、更に愛情をもって接することが必要だと認識を深めています。

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