「松本市長選挙とマスコミ。国会議員の地方自治介入。」

 松本市長選挙を経験して、マスコミの報道によって有権者の投票行動が左右される現実を目の当たりにしました。今回の選挙は、2期目を目指す現職臥雲松本市長が盤石の選挙戦を行っていたと考えられていましたが、地元紙が「パルコの再利用に関する市の関与の是非」という特定の課題について焦点を当て、それが選挙戦の最大の争点であるかのような記事を連載し、それをアンケートで市民に問い、幅広い政策論争から個別争点に有権者の関心を誘導しました。それがきっかけとなり、現職と有力新人の差が接近する傾向が生じ、さらにその接近度合いを、「先行→猛追→接る」という実況中継風の報道を行いました。それにより新人の陣営に勢いが出て、終盤の混戦につながりました。結果的には新人が現職に477票の僅差まで迫りました。

 松本市の保守系が現職と新人にそれぞれ支持が分かれる中で、奇妙な現象が出現しました。各陣営とも政党に支持要請を出さない中、新人候補に対し、立憲民主党の杉尾参議院議員、下条衆議院議員が全面支援に回りました。共産党市議会議員も新人候補の応援に回り、地元紙の記者からの情報では共産党系の街宣車を新人陣営が遊説に使っていたという話を伺いました。松本の経済界の有力者が推す新人候補に立憲民主党、共産党が支援に加わるという奇妙な現象が生じました。私が新人候補の遊説中に耳にした杉尾参議院議員の応援演説には耳を疑いました。「パルコへの臥雲松本市長の税金投入は認められない失政だ。このような暴挙に対し、市長交代をさせなければならない」と絶叫していました。たまたまその脇を臥雲市長が乗った遊説車が通っていたので現職もその声を聴いたはずです。

 野党の国会議員とはいえ、地方自治体が心を砕いている個別案件の対応をこきおろしそれを理由に選挙での落選を訴えるという手法に、眉を顰めました。明らかに地方自治に対する国会議員の不当な干渉とも言えるものです。下条衆議院議員も現職批判のキャンペーンを繰り広げている旨をSNSに写真入りで公開していました。

 TBS出身の杉尾参議院議員は、新人議員がTBSの系列につながる地元テレビ局出身であることを紹介し、「私は新人候補とは、系列のテレビ局で一緒に協力してきており、系列つながりで応援している」とその関係性の深さを強調していました。しかし私はこの点についても違和感を覚えました。系列であるから応援、ということは、選挙戦を報道する新人候補出身の地元放送局は新人を応援する報道ぶりになるのか、そしてその地元放送局の系列につながる県内最大の新聞社も新人候補の応援をすることになるのか、という論理の展開を想起しました。そうか、だからこそ、地元紙がその系列につながるテレビ局出身の新人候補を応援するような誘導記事を連日掲載したのかと妙に納得しました。

 大手地方紙の報道ぶりに対して、地元地域紙の記者は、「この新聞社は、自分たちが世論を誘導する役割を果たすんだという自負を持っている。世論形成をするオピニオンリーダーなのだと思っている」という解説をしてくれました。確かにそうなのでしょう。過去の長野県知事選挙の際に、田中康夫知事を誕生させた際の、田中候補に対する地元紙の肩入れは尋常ではありませんでした。社説でも田中知事誕生への期待を表明しました。今回の松本市長選挙も、巧妙に有権者を誘導する意図を感じざるを得ませんでした。

 現職候補は、この地元紙の報道ぶりに対して、得体のしれない恐怖を感じたようです。そのうえで、二人の立憲民主党国会議員から臥雲陣営に寄せられた為書は、現職陣営が選挙戦終盤に怒りの気持ちをこめて事務所の壁から外したそうです。

 選挙の際のマスコミの対応、野党国会議員の地方自治への介入、保守系支援者と左派陣営の奇妙な相乗り、といった視点からみるとき、今回の松本市長選挙は、一般の有権者の目に触れることのない観点で、興味深い政治分析の生きた題材となりました。

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