「コロナ後の最低賃金の在り方について議員連盟で提言」

 2020年度の最低賃金が、事実上据え置かれることになりました。7月22日、厚生労働省の中央最低賃金審議会小委員会が、最低賃金について「全国平均の目安を示さない」ことを決め、19年度の全国平均の901円に据え置くこととなりました。新型コロナウイルスの感染拡大の影響による経済活動の自粛、景気低迷を受けて、「賃上げよりも雇用の維持」を主張する経営側に配慮したものです。これをもとに、各都道府県が8月下旬までに金額を決定する仕組みの下で、全国的には、最高で3円引き上げ、最低では据え置きという決定が報道されています。

 こうした動きの中で、衛藤征士郎会長の下、私が事務局長を務める自民党最低賃金一元化推進議員連盟では、今後の最低賃金制度の在り方について、骨太の提言を行っています。最低賃金を引き上げつつ全国一元化の行う理論的立場を明らかにしているものであり、以下にその内容を記しますので皆様の評価を賜りたいと存じます。

 現在の政権の下で、最低賃金は2016年度以降4年連続で3%程度の引上げを実現した結果、2019年の全国加重平均901円となり、東京都及び神奈川県では初めて1000円を超えた。しかし、それでもその額は主要国の中では低い水準にある。さらに、最低賃金の地域間格差は解消されることなく、最低額の15県の790円と最高額の東京都の1013円とでは、額にして223円の差があり、最低額の最高額に対する割合をみると78.0%とむしろ差は拡大傾向にある。諸外国を見れば、現在全国一律の最低賃金を定めていない国はごく少数であり、G7参加国に限れば日本とカナダだけである。

 国の経済の実力であるGDPは生産性×人口で決まってくるのであり、我が国では人口が急速に減りつつある中で生産性を高めなければ将来の医療や年金の原資を確保できず、社会保障の水準を維持できなくなくなってしまう。生産性とは賃金水準そのものであり、賃金が上がらなければ将来の社会保障も支えられない。賃金を上げないということは社会保障を維持できなくなると言っていることと同義である。

 先ず、今回のコロナ禍の厳しい状況にあっても、将来を見通し、最低賃金の水準を少しでも上げることに取り組まなければならない。コロナ禍にあっても英国が今年4月から最低賃金を更に6.2%引き上げた政策意図を読み解くべきである。(英国では2016年以降、25歳以上のフルタイムの労働者を対象とする最低賃金(NLW)を、2020年に賃金の中央値の6割相当額に引き上げる目標が掲げられているが、2020年もこの目標に沿った引上げが中断されることなく実行されたことになる。)

 マクロ経済の理論に、労働移動が自由な地域では通貨は単一であることが最も望ましいという「単一通貨圏の理論」があるが、賃金も同じ理論が当てはまる。賃金の水準が異なると、労働移動で調整が行われ、特に交通が至便な我が国では賃金の高い東京に一極集中することになるのは当然の帰結である。経済理論としても最低賃金の全国一律化は適当なものと考えられる。今の時代に政府が都会への若者の都会への集中を促進する政策を取ることには大きな批判が寄せられていることを考えると、全国一律の最低賃金は政策理論としても適切なものと考えられる。実際に、2018年における都道府県ごとの15~29歳の転入超過率がプラスなのは、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉、愛知、大阪府、福岡県の7都府県のみであるが、都道府県ごとの転入超過率と最低賃金額とは高い相関関係を示している(相関係数0.881)。

 新型コロナウイルス感染症の蔓延を受け、地方での就業を希望する人も増えている。都会から地方に若者が移住を考える際に、地方の最低賃金が低く、所得が大きく減るということになれば、せっかくの移住の意思を挫くことにもなりかねない。そのような意味では、国土構造のあり方として、若者を地方に分散させることで東京一極集中を是正する観点からも、全国一律最低賃金は不可欠な政策である。

 全国一律の最低賃金を採った場合、地方の中小企業をはじめ雇用者がその負担に耐えられるかという点は重要な課題である。現在、中小企業の賃金引上げ等生産性向上に向けた国の支援策として、業務改善助成金がある。これは事業所内最低賃金を一定以上引上げ、設備投資等を行った場合にその費用の一部を助成するものである。しかし、この助成の利用実績はやや低調にとどまっているほか、飲食や小売店舗販売等の労働で、設備投資が直ちに生産性向上につながる事例は限られると推測される。このため、賃金や社会保険料の支払いを直接助成する等の新しい助成の方策も、各国の事例も参考にしながら、今後の検討に値する。

 事業の公正な競争の確保という観点からは、下請け適正取引対策も重要と考えられる。特に、中小の事業者が労務コストを適正に価格に転嫁できる仕組みを整えることは不可欠である。

 いずれにしても、事業者が、長期的な展望をもって賃金を上げることを可能にするためには、例えば10年くらいの経過措置をとって、安定的に継続する支援施策が必要である。その場合の財源については、例えば大企業の内部留保に注目することもありうる。450兆円の内部留保に0.5%を毎年課税すると2兆2500億円の資金が捻出できるという試算もある。これを中小企業の支援に充てるという対応策もあり得るのではないかという意見もある。

 こうした政策目標と対応策を議論するための政府及び与党において検討の場を設定すべきである。全国を通じてデフレから抜け出るためには、最低賃金の引き上げと全国一律化は切札とも言うべき政策であり、政府ならびに自民党の英断を期待する。

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